キャンパスの新設・移転がもたらす全学の再構築/愛知学院大学

愛知学院大学キャンパス


佐藤悦成 学長

 学生獲得競争が熾烈化している。熾烈化をどこに見いだすかは様々な見方があるけれども、その表れの一つは、本誌特集のように、競争力を増すべく都心に回帰する動きであろう。中部圏もその例外ではなく、本誌特集の6~7、11~13ページを御覧になると、その一端をかいま見て頂くことができる。

 名古屋市内への移転に限っても、2010年には愛知工業大学が、2012年には愛知大学が、2015年には名古屋女子大学と愛知みずほ大学、南山大学がそれぞれ移転を果たしており、さらに2016年4月には名城大学が新キャンパスを開設することが決まっている。

 今回取り上げる愛知学院大学も、この流れの中で都心回帰に打って出た大学の一つである。愛知における伝統校は、何を考え、都心を目指したのであろうか。都心回帰から、何を得たのであろうか。愛知学院大学日進キャンパスに、佐藤悦成学長を訪ねた。

名古屋の「伝統校」が実現したキャンパス移転

図表1 移転前後での各キャンパスの配置学部と学生数

 愛知学院大学の淵源は、明治9年に遡る。名古屋市内に開設された曹洞宗専門学支校を皮切りに、明治、大正、昭和、平成の長きにわたって、愛知県、名古屋の地で人材を輩出してきた伝統校である。

 商学部のみの単科大学から出発した愛知学院大学は、その長い時間の中で、総合大学化の道を歩んできた。現在の愛知学院大学は9学部16学科、大学院10研究科、短期大学部を擁する総合大学であり、計1万1979人が学んでいる(愛知学院大学ウェブサイト「情報公開」)。全学部の初年次教育部分及び文学部、心身科学部、法学部、総合政策学部が置かれている日進キャンパス、歯学部及び薬学部が置かれている楠元キャンパス、その臨床実習病院である末盛キャンパス、そして、商学部、経営学部、経済学部が置かれている、平成26年度に新設された名城公園キャンパスの4キャンパスにて教育研究を行っている。

 新キャンパス開設前までの日進キャンパスは、薬学部と歯学部の1年生、及び残る7学部の全学年、定員にして計9000人超を擁する大規模キャンパスであった。ここから、名城公園キャンパス開設と同時に、商学部、経営学部、経済学部のビジネス系3学部の2年次以降、定員2370人を新キャンパスに移転した(図表1)。本特集が愛知学院大学に注目するのも、まさにこの移転のゆえである。

 愛知学院大学名城公園キャンパスは、名古屋の交通の要所たる名古屋駅から至近であるばかりか、愛知県庁や名古屋市役所に代表される官庁街、東海地方の一大ビジネス集積地である丸の内、栄を南に臨む、好立地である。

 ビジネス系学部の日進キャンパスでの学びに問題があったわけではない。移転以前も、実経済と関連した教育の提供が試みられており、これらの科目によって一定の成果も挙げてきていた。しかしながら、ビジネス系学部における学びの質を突き詰めて考えるなら、名古屋経済の中心地にこそ生きた素材が眠っていることもまた疑いのないところであろう。

 前々から、新キャンパスを開設する機会を狙ってはいたが、なかなか適切な用地を見つけられずに来ていた。日進キャンパスにとどまるという考え方もあったところに、移転から遡ること2年前、国有地売却のニュースが飛び込んできた。用地購入に踏み切ったことは、今後、愛知学院大学にとって大きな分水嶺の一つとして振り返られることだろう。学校法人がイニシアティブを取り、経済学部の新設と軌を一にして、将来構想検討委員会が設置された。購入に競合が名乗り出るなど紆余曲折はあったのの、無事購入に至り、開設にこぎ着けたのである。

 この展開を決定づけたのも、学校法人の意向が「名古屋経済の再生」であったというのも大きい。名古屋経済圏の積年の課題として、自動車関連産業の浮き沈みに好不調が連動してしまう、ということがあった。名古屋経済を安定化させるためにも、名古屋の経済活動を知悉した有為の人材を輩出することが大きなカギを握っているのである。

 名古屋の名実ともに中心である、官庁街、ビジネス街の目と鼻の先に新キャンパスを設け、ビジネス系の学部を置くことは自然な流れでもあった。

愛知学院大学での学び、名城公園キャンパスでの学び

図表2 教育の特色 ─クロスオーバー型教育

 ここで、愛知学院大学の教育について目を向けてみよう。長い時間をかけて総合大学化を果たしてきた愛知学院大学の「伝統」を生かすシンプルな解の一つに、クロスオーバー型教育がある。

 学部や学年のみならず、大学の壁を越えて社会ともつながって、学ぶことを標ぼうしているクロスオーバー型教育には、6つのカテゴリーが設けられている(図表2)。

 詳しくは大学公式ウェブサイトも御参照頂きたいが、例えば、学外とのクロスオーバーである「コミュニティコラボレーション」の例としては、経営学部の講義で日進キャンパス近くの藤が丘商店街と協働し、商店街公認おやつを作成した実績がある。また、同じく学外とのクロスオーバーである「ビジネスコラボレーション」の実例には、文学部の学生が日本航空、近畿日本ツーリストと協働し、ハワイ旅行商品の開発等も行ってきている。

 学外とだけではなく、学内の連携にも取り組んできた。「クロスオーバーカリキュラム」の実例としては、文学部の英語英米文化学科での学生が、同じく文学部の日本文化学科の科目を受講して日本文化を学び、その成果を身につけたうえで海外に日本文化を紹介するといったケースや、心身科学部の学生が経営学部でマーケティング科目を受講し、スポーツ領域におけるマーケティングを考えるといったケースを想像して頂けばよいであろう(『大学案内2016』)。

 ただ、こういった学科や学部を超えた学びそのものは、総合大学ではまま見られるのもまた確かである。我々が意識すべきは、名城公園キャンパスにてどのようなクロスオーバーが生じているのかという点だ。

 名城公園キャンパスでは、ビジネス系3学部の間でのカリキュラム上のクロスオーバーと、学外とのクロスオーバーという二つのクロスオーバーが起きるように配慮されている。

 3学部の学生が相互に学び合うことができる、【ビジネス系3学部共通科目】や【ビジネス系3学部連携科目】が、公式のカリキュラムとして設けられている。共通科目として開講されているのは、民法や会社法、中部経済論や地域ビジネス論といった科目である。いずれも、中部圏におけるビジネスパーソンとして必要な知識・技能をカバーする科目群となっている。

 一方で学外とのクロスオーバーはどうだろうか。繰り返しになるが、名城公園キャンパスの立地が持つ潜在的な発展の可能性は計り知れない。その結実の一つに、例えば「エリア・リサーチ」がある。シンクタンクと連携し、地域社会の課題を分析して解決するための知識と技能を学ぶ。ほかにも、財務省東海局のスタッフを招いた授業、東海東京証券による寄付講座、県知事経験者による特別講義等が設定されており、まさしく産と官がいかに名古屋を支えているか、支えてきたかを身を以て学び取る機会が用意されている。

 もちろん、施設設備も新しい学びのスタイルに対応することを見越して整備されており、全ての教室でアクティブラーニング型の教育ができるようになっている。新キャンパスの設備策定に当たっては、管財課が大きな役割を果たした。日本全国を回って先進事例を視察し、かつ3学部の教員の中にあったアクティブラーニングスタイルへのニーズを丁寧にくみ取り、現実化していったという。

 ビジネス系3学部が名城公園キャンパスに移転してくることが決まってから、この潜在性を最大限に生かした教育を実現すべく、様々な人々が努力してきた。名城公園キャンパスへの道は、学校法人、教職員といった愛知学院関係者の努力と、愛知の政財界の協力によって切り開かれた活路なのである。

移転により通学圏が拡大

 それでは、この移転はどのような変化をもたらしたのだろうか。 前節で既に教育スタイルにおける変化には触れたが、ほかの面にはどのような変化が見えてきているのだろうか。一にも二にも、志願者数の伸びを確認するのは欠かせないだろう。

 2012年から2015年までの志願者数及び志願倍率の推移(図表3)からは、志願者数の増と志願倍率の上昇を見てとれる。特に名城公園キャンパスに置かれているビジネス系3学部に注目すると、改組から間もないため隔年現象が起きているのか、学部によって多少の上下動はあるものの、合計で見ると志願者数は増加傾向にある。直近の2015年度入試では、6倍~8倍と、志願倍率を大きく伸ばすことに成功している。

図表3 志願者数・志願倍率及び学部配置の推移

 また、交通の利便性の良さから通学圏が広がったことによる影響の大きさを、佐藤学長は語ってくれた。日進キャンパスに通学するとなると下宿せざるを得ず、それ故に愛知学院大学を選択肢に入れられなかった学生も、名古屋駅近辺への通学であればということで検討してもらえるようになったという。また、「どうせ下宿するのなら」と首都圏や近畿圏の大学に進学する層が、自宅から通学できるということで、愛知学院大学を選択肢として考えてくれるようにもなった。

 好循環の兆しは、入口だけではなく、出口にもかいま見える。高い就職率である。商・経営系の学部における就職率ランキングでは、経営学部は全国12位(93.1%)、商学部は全国14位(92.9%)と、いずれも健闘している(『サンデー毎日』2015.8.9号、71p)。卒業者と就職者がともに300人を超える学部に絞るなら、押しも押されもしない1位と2位に躍り出る。「学生諸君とキャリアセンターの頑張りの成果」と佐藤学長は語る。

 このように、学生募集面と卒業後の進路という二つの側面で、目に見える変化が生じている。このことが持つ意味は大きい。保護者にとっては、下宿をさせなければいけないのが通学で済むのは、経済的な負担が相当に減る。学生本人にとっても、アルバイト等がしやすくなるのは大きなメリットである。そのうえで、就職率が良いことが、進路を選び取ろうとしている高校生やその保護者にとって、どれだけ魅力的に映ることだろうか。

 往時に比べれば、大学教育はかなり「高い買い物」になっている。教育内容、費用等に向けられる視線が厳しくなっていることを肌で感じている読者諸氏ほど、このアドバンテージが長期的に持つ価値を感じることだろう。キャンパス移転がもたらす変化は、劇的に、そして継続的に進行している。

課題はキャンパスごとの自律と一体のバランス

 もちろん、マルチキャンパス化が全て薔薇色というわけでは決してない。例えば、教職員間のコミュニケーションにロスが生じやすいという、マルチキャンパス化が避けがたい課題に愛知学院大学も直面している。新キャンパスを設置したことで、愛知学院大学も遠隔会議を増やさざるを得なくなった。学部長会議等、執行部の会議は対面で行っているが、学部連絡会議等は遠隔会議での実施となっている。そのため、日進・楠元・末盛キャンパスに置かれている学長補佐が名城公園キャンパスにも置かれることになった。各キャンパスが機動的に動きつつ、かつ全学としても有機的に動かねばならなくなる局面は増えていくだろう。学長と各キャンパスの間をつなぐ学長補佐の役割はますます大きくなっていくに違いない。

 では、キャンパスが分散したことで、各キャンパスの自律性の高まりと愛知学院大学としての一体性のバランスがカギを握るこの状況下で、今後の方向をどのように展望しているのだろうか。

 佐藤学長は「“ここ”でしかできないことをやろうというのが基本」と語る。1年生が多く活力にあふれ、スポーツ・文化系のクラブが日々活動し、自由な気風が薫る日進キャンパス、実学が学べる地域連携のハブたる名城公園キャンパス、医療拠点である楠元・末盛キャンパスのそれぞれに積み重ねてきたものがあり、その中にシーズは眠っている。各キャンパスでしかできないこと、各キャンパスだからこそできることがある。

 日進キャンパスを例に取るなら、学部移転に伴う空間的余裕を生かし、新たな教育を模索する余地が生まれている。既存のリソースを積極的に活用する観点から言えば、全学の施設設備であるスポーツセンターを生かしてスポーツ系の教育を充実化させることはシーズの一つであり、また実際に検討が始まっている。名城公園キャンパスならば、既に地域の政財界から講師を招く等は行ってきているが、今後は地域の政財界をマーケットに見立て、学習の機会を提供するという道も当然考えられよう。名城公園キャンパスの立地が持つポテンシャルだけではなく、3学部移転によって日進キャンパスから掘り起こされたポテンシャルをも愛知学院大学はいま手にしている。

 このポテンシャルをどう生かすのか。139年の伝統を積み重ねてきた愛知学院大学は、次の10年、即ち150年に向けた戦略の構想を既に練り始めている。未来を展望するとしても、立ち戻るのは「行学(ぎょうがく)一体」「報恩感謝」、つまり139年を経て変わらぬ愛知学院の建学の精神である。佐藤学長は最後に「学生には、学んだこととできることが一致していてほしい。そして、広い視野で、多様性を認めることを通じて、自分という存在を自覚してほしい」と語ってくれた。そこには、愛知学院での学びが、ただ実学を身につけたというところにとどまらず、人格もともに向上させるものとして実りあるようにとの、時を経ても変わらぬ願いが込められている。


(立石慎治 国立教育政策研究所高等教育研究部 研究員)


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