大学で「2025年の崖」を作らないために(カレッジマネジメント Vol.223 Jul.-Aug.2020)

 最近よく耳にする言葉にDX(デジタルトランスフォーメーション)がある。総務省によると「ICT(情報通信技術)の浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させること」とある。その基盤をなすのが、データサイエンスやAIである。現代では、様々なモノがインターネットにつながっている。IoT(Internet of Things)で様々なデータを収集し、そのデータをビッグデータ化し、AI等も活用することで、様々な価値創出や課題解決を行うことが可能となる。こうした変化は、産業構造や医療、働き方にまで大きな影響を与えることが予測されている。

 その一方、経済産業省は2018年に発表した「DX レポート※」において、日本企業がDX に本格的に取り組まない場合には、2025年以降最大で12兆円の経済的損失が生じる可能性があるとしており、レポートで記された「2025年の壁」というキーワードは、社会に大きなインパクトを与えた。

 そうした大きな産業構造の転換期においては、変化を支える人材の育成が課題となる。今や、データサイエンティスト、AI人材は世界中で不足しており、国境を超えた人材獲得競争となっている。日本でも、2019年に発表された「AI戦略2019」において、「数理・データサイエンス・AI」は今後のデジタル社会の基礎知識として捉えられ、全ての生徒・学生が身につけておくべき素養だとしている。大学・高専においては、2025年までの育成目標として、全員がリテラシーレベルを達成するとともに、大学生の約50%を応用基礎レベル、年間2000人をエキスパートレベル、さらに年間100人程度をトップクラスとして育成するとしている(詳しくはP8・図2 参照)。

 現在の大学における人材育成の傾向をまとめると、大きく3つに大別することができそうだ。まず、全学共通教育として、学生全体にリテラシーレベルの知識やスキルを身につけさせるというものである。2つ目は、学部・学科を新設・改編して、応用基礎レベルの知識・スキルの習得を目指すものである。情報理工系の改組だけでなく、文理融合型の新たな教育を構築する学部・学科が主流になりつつある。そして、3つ目は大学院あるいは研究所を設立し、エキスパートレベル、あるいはトップクラスの人材育成を目指すものである。

 今回の特集では、3つの方向性について独自性を活かしながら取り組んでいる大学・大学院を取材した。いずれの大学の取材においても、「文理融合」という言葉が何度も出てきた。DXを成功させるには、いかに社会に実装し、現場の課題解決に活かせるかが課題になる。そのためには、いわゆる数理データ理論だけではなく、経営学や心理学、社会学的な要素も重要になってくることが想定される。

 大学に入学する以前の教育改革も進んでいる。2025年には、小・中・高において新学習指導要領に基づいて、プログラミングの基礎やデータベースの基礎を学んだ学生が大学に入学することになる。まさに今、大学はこうした学生達をどのように育成して、社会に送り出すのかを本気で考える時期に来ている。その取り組みによって、2025年には大学間で大きな差がついている可能性が考えられる。「2025年の崖」は大学にも起こりうるのである。

※経済産業省「DX レポート~ IT システム「2025 年の崖」の克服とDXの本格的な展開~」

 

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リクルート進学総研所長・カレッジマネジメント編集長

小林 浩

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