ジェンダー平等の実現に貢献する大学のデータサイエンティスト育成/京都女子大学 データサイエンス学部

京都女子大学キャンパス


京都女子大学(以下、京女)は2023年にデータサイエンス学部を設置する。その趣旨や背景について、竹安栄子学長と、データサイエンス研究所(2022年4月開設)所長で学部長就任予定の栗原考次教授にお話を伺った。

京都女子大学 竹安栄子学長、データサイエンス学部 学部長就任予定の栗原考次教授

POINT
  • 「親鸞聖人の体せられた仏教精神にもとづく人間教育」を建学の精神とし、1899年に創立した「顕道女学院」を起源とする大学
  • 文学部、発達教育学部、家政学部、現代社会学部、法学部の5学部を擁し、ジェンダー平等な社会の実現を目指す
  • 2023年6つ目の学部としてデータサイエンス学部を設置する

ジェンダー平等の実現に貢献する大学として、データサイエンス分野で女性パイオニアを育成

 今回の学部設置は認可申請であるが、現代社会学部に2017年設置された情報システム専攻をベースにした改革である。その意図について、竹安学長はこう話す。「現代社会学部はもともと社会の諸課題を解決するために学問分野を自由に科目選択できるトランスディシプリン型の学部です。アカデミックスキルとして語学、社会調査、情報に重きを置いており、情報を拡充する形で2017年に情報システム専攻を作りました。新学部は、そのベースを活かしてさらに発展させる形で設計しました」。

 改革のもう一つの前身が、京女が2018年から進める「女性のためのリカレント教育」だ。厚生労働省や文部科学省の委託を受けながら2020年度からはeラーニングコースを設け、働きながら学び直しに取り組み、キャリアアップやキャリアチェンジを目指す女性達を支えてきた。そこで、卒業生が多い事務系の職場の変化を見てきたという。「産業界からはAIやRPA等により環境が激変していること、そうした変化に対応できる人材ニーズの高さを聞いてきました。そうした声に応える教育をリカレントカリキュラムとして設計・展開してきたわけですが、学士課程教育でも備える必要があるという議論がありました。また、私自身、研究や教育で社会調査等のデータを扱うため、エビデンスやデータに基づいて物事を考える思考の必要性は常々感じているものでした」(竹安学長)。

 また、検討が始まった2020年は創基100周年であり、新たな100年のスタートの第一歩が新学部という位置づけにもなった。2021年に公表した第2次グランドビジョン(2020-2029)では、京女の使命を「ジェンダー平等の実現に貢献する女性人材養成」と置く。世界経済フォーラムが公表するジェンダーギャップ指数(GGI)では、日本は2022年116位と世界でも最下位のレベルである等、現代の日本社会は真に女性活躍を実現できているとは言えない現実がある。「女子大だからこそ、そこに真摯に向き合い挑戦していきたい」という趣旨のメッセージが示されている。新学部の設置はその象徴として、トピックスの第一に位置づけられている。DS人材は女性進出が不足している領域であり、だからこそ女子大で育成する意味があるというものだ。

 当初は現代社会学部を改組して学科を設置する案も検討されていたという。しかし、グランドビジョン実現のフラッグシップとしては新たな教育躯体が必要だという決断に至る。2020年夏頃から新学部設置の可能性を検討し始め、秋頃から本格的な教育課程の検討・教員探しに入ったという。「本学が作りたいのは、産業界の状況に対応し、データをきちんと分析して問題解決を進める人材を育てる、3領域(情報学、統計学、社会科学)のバランスが取れたオーソドックスなデータサイエンス学部」と竹安学長は述べる。その教育の牽引者として招聘されたのが栗原教授だ。栗原教授は岡山大学で環境理工学部長、副理事、副学長、アドミッションセンター長、グローバル人材育成院副センター長等の要職を歴任し、2019~2022年は数理・データサイエンス教育タスクフォースの座長を務めた。岡山大学は文科省の「数理・及びデータサイエンスに係る教育強化」協力校20大学のうちの1校であり、全学教育として立ち上げたデータサイエンス(DS)教育が2021年数理・DS・AI教育プログラム(MDASH)リテラシーレベルの認定を受けている。国立大学で新たな教育の体系化と全学推進を担った立役者に白羽の矢が立ったというわけだ。


図 新グランドビジョン
図1 健康データサイエンティストの可能性


原理原則の理解を重視したオーソドックスなカリキュラム

 カリキュラムのコンセプトについて、栗原教授は「統計的な見方や考え方をしっかり教育することを重視しました」と述べる。データ収集・加工・整理を中心とした「情報学」、データから価値を見出すための「統計学」、そしてDSを活用した価値創造・課題解決の領域となる「社会科学」の3つを押さえる。その趣旨を、栗原教授はこう話す。「AI等の華やかな技術に目が行きがちですが、そうした手法の基本となるアイデアを理解することに重きを置きました。原理原則が分かっていれば応用がききますし、データサイエンティスト協会によると、データサイエンティストが学ぶべき内容は年間2~3%が変わっていく、日進月歩の世界です。だから、やり方ばかり学ぶよりも、根幹にある原理原則に精通することで、今後の変化にも動じないレジリエンスが身につきます。本学では、状況の変化にも柔軟に対応し、現場で頼りになるデータサイエンティストを育成したいのです」。そのため、新学部の教員には統計学の専門家が8名も名を連ねている。竹安学長は、「栗原先生を筆頭に、本学が作りたい方向性に共感し女性人材の育成に意義を見出してくれる先生方に来て頂けて、大変ありがたい」と言う。

 また、一人ひとりの修学状況に寄り添った体制を目指すべく、入学前教育のeラーニング提供、入学後も理数系科目等の補習、学生一人ひとりに指導教員がつき、面談しながら学修を進めるといった体制が構想されている。学部として置く3つの領域を、一人の脱落者もなく全員が学び、社会へ活躍人材として輩出されるように丁寧に伴走していく予定だ。「学生には自分の追究したいテーマを見出して進んでいってほしい」と栗原教授は話す。「女性自身が当事者意識を持てるものを見出して課題設定することが、ジェンダー解消につながっていくと思います」と竹安学長も補足する。

 概ね1・2年次で基本的な素養を学び、3年次以降に自分のテーマに即した学びを設計する想定であり、学生が自分のテーマを見つけられるよう、企業連携や共同研究に力を入れたいという。「特に女子学生に必要なのはロールモデルだと思います。企業で実際にDSを活用している事例勉強のみならず、活躍人材その人に授業のファシリテーションをしてもらう、教材やデータを提供してもらう等、社会のプレイヤーに積極的に教育に入ってもらいたいと考えています」。学部設置に当たっては京都府・京都市等からの期待も寄せられており、そうした自治体との提携も見据える。「単位外も含めて社会や自治体・行政と連携する機会をDSに特化して増やしたい」と栗原教授は意気込む。こうした動きは大学全体の教育のバージョンアップにつながっていく可能性もある。「既存学部と新学部が相互連携しての課題解決に取り組むという関係性にできれば、価値創造のメンタリティが充実・強化されていくのでは」と竹安学長は期待を寄せている。


図 カリキュラムの概観と育成人材像
図3


数学に対する拒否感がない人材を選抜する入試

 では、こうした教育を受ける人材を入試でどう見極めるのか。入試では「数学Ⅰ・A」または「Ⅱ・B」を課す形だが、「文系でも習っている数学Ⅰ・Aだけでも受けられるようにしているのは本学の意思の表れ。数学に対する拒否感がない人なら、入学後に必要な素養は修得できる教育体制にしています」と栗原教授は言う。その言葉通り、カリキュラムでは高校段階で文理どちらを学んできた生徒も受け入れ、DS系の講義を支障なく受講するために、「数学への招待」「確率・統計への招待」「プログラミングへの招待」「価値創造への招待」の4科目をDS導入科目として用意した。これに加え、共通科目群の情報基盤科目「情報リテラシー」「データ・AIリテラシー」においても基礎的なリテラシーを修得する。入学後に基礎をしっかりと修得できることで、その後の専門教育にスムーズに移行できるよう配慮している。

ジェンダー平等を掲げる大学だからこその挑戦

 新学部設置に伴い高校訪問も強化しているという。高校からの反響について、竹安学長は「日本の教育のジェンダー格差に直面することが多い」と言う。例えば、女子高は文系が多く数学に力を入れていない、理系の女子は医療領域へという進路指導が多いといったことだ。非常に興味を持ってくれるのは数学・情報を担当する先生が中心で、保護者等への認知はまだまだだという。しかし、だからこそ今の大学教育ができていないことへの挑戦であるとも言える。「企業でも社会でも、女性のDS人材は非常に不足しています。だからこそ本学に設置する意味がある。本学育成の女性データサイエンティストが毎年コンスタントに100名ほど社会に輩出されるインパクトは大きいでしょう」(竹安学長)。業界としても女性を増やすのが喫緊の課題であるため、業界課題の解決につながる打ち手としての期待は大きい。

 また、京女にとって新学部ができることは全学教育改革にも循環をもたらす。2023年からはデータ・AIの活用スキルを学ぶ新たな情報教育を必修科目として導入し、MDASHリテラシーレベル認定を目指す予定だ。新学部を契機にした教育の挑戦はまだ始まったばかりである。


カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2022/12/20)