国際認証を通じたグローバル人材の養成/名古屋商科大学

 日本で唯一、2つの国際認証を受け、ユニークな学生交流プログラムが豊富な名古屋商科大学(以下、名商大)。なぜこうした大胆な取り組みが可能なのかを知りたいと訪問し、まずはそのキャンパスに驚かされた。愛知万博の会場からほど近い場所に立地する、東京ドーム約16個分の広大で緑の多いキャンパスに、情報化・国際化に対応した最新の施設設備。これはおもしろい大学にきたと直感した。創立者の息子であり、約30年間、学長をつとめている栗本宏氏にお話をうかがった。

グローバルキャンパス宣言

 OECDによれば、世界の留学生数は、2000年には197万人、2010年には350万人と増えており、2025年には924万人へと爆発的に増加することが予想されている。こうした動向をみすえ、2011年、学長は「1つの国・1つの言語・1つの大学で学生生活を終える時代ではない」というグローバルキャンパス宣言を行った。37カ国74校のパートナー大学でネットワークを形成し、このグローバルキャンパス内では、留学先の授業料は相互に免除、渡航費は各大学が支給、優良学生に対する現地での生活費補助、1大学1年間(最大2大学)、相互に単位認定を行い、互いに自由に行き来できる環境を整えつつある。共通言語は英語であるが、それだけでなく、共通の教育水準、内容をもたないと、どの大学で学んでも自由という環境はできない。この本当の意味でのグローバル化に乗るために、様々な努力を行っている。

 これ以外にも6つの大学と連携し、ダブルディグリープログラムも行っている。提携校への1年間ないし2年間の留学で、卒業と同時に名商大と留学先大学の両方の学位を取得できるプログラムだが、そのために学部段階では英語によるビジネス専門教育、教養教育科目を41講座開講し、昨年の例では242名が受講した。外国人教員は31名で専任教員に占める割合は3割ほどだという。朝日新聞社の大学ランキング2012年度版によると、16単位以上の留学派遣数は全国23位、外国人教員比率は10位で、日本の中でも際立って国際化が進んだ大学の一つだ。また、国際化は受け入れ体制も多くの日本の大学で問題となっている。居住費が高く、寮が充実していないからだ。名商大では2010年9月に、宿泊施設にセミナールームやライブラリーも兼ね備えた国際教育研究センター(26.45平米の1人部屋44室)も完成させ、海外から来る留学生の生活環境の充実化を図っている。

充実のStudy Abroad プログラム──旅は最大の教室

 正規の課程以外にも、名商大ではユニークな海外交流プログラムを有している(図表1)。①国際ボランティアプロジェクト、②ギャップイヤー・プログラム、③フロンティア・スピリット・プログラムであり、いずれも単位認定している。上述の大学ランキングをみても、国際ボランティア参加学生数は日本の大学でもっとも多い。

 たとえばギャップイヤー・プログラムの場合、今年は、48名が応募し、14名が9月から海外でこのプログラムを実施する(本年度は東日本大震災の状況を考慮し、後期に延期した)。費用のサポート体制を整備し、行きたくてもお金の問題で行けない学生がいないようにしている。生活するのに必要な最低限の英語は教え、今年からは携帯電話(スカイプ)を導入して学生の安全性を高めることはしているが、あとは学生自身が海外で苦労しながら学ぶ。大学から貸与されるバックパックを背負い、ユースホステルなどに自分で泊まり、食料を確保する中で、たくましく成長して帰ってくるという。


図表1 ユニークな海外体験プログラム


グローバル人材とは「どこに行っても平常心を持てること」

 こうしたユニークな教育によってどのような人材を育てようとしているのか。学長によれば、「グローバル人材とは、日本にいる感覚で、どの文化に行っても変わらず平常心で暮らすことができ、その国の文化や価値観を理解し、受け入れることができる人材」だという。海外に行って水が飲めない、料理がダメ、あの文化が受け入れられないといったことではグローバル人材とはいえない。どこに行っても平常心。こういう若い人材を育てるのが学長の夢で理想だという。学長自身、1960年、まだ25歳のころ、文部省の奨学金をもらい、海外で学び、その後、残った費用で世界50カ国を旅した。学校や大学の授業で学んできた話は、現地を旅して語らずとも理解できるような体験を多くして、理屈ではなくこういう学習経験が重要だと実感した。この理念は学生にも確実に伝わっているようだ。一例として、ギャップイヤーに参加した学生が帰国後に「なぜフランス革命が起きたか、わかった。ベルサイユ宮殿を見たが、あれでは庶民は怒る。」と語った話を聞かせてもらった。

 「今の学生に問題があるとすれば、精神力、忍耐力に乏しいことだ」という。こうした能力を学校で鍛えてくれと言われるが、一番鍛えられるのは海外の安旅行だと学長は自らの経験から実感している。誰も助けてくれない環境で必死に相手の言うことを聞き、コミュニケーションをとろうとすることで鍛えられる。こういう鍛えられる場を作り、そこに学生を送ることが重要で、教室で教員が何度説明してもわからないことが、ある日、突然わかるようになるような経験をさせたい。海外では一般的な「学生が旅をする」という意識が日本では十分でないが、旅は重要な教育的手法の一つだという。

国際認証を通じてグローバル化を実現

 グローバルキャンパスを学長が宣言したところで、教職員、学生をあげて学校全体としてグローバル化の方向にもっていくことは容易ではないはずだ。学内の多様な意見のすべてに耳を傾け、1つの方向性にもっていくことはどの大学であれ難しいと学長も話す。では、どういう工夫をしているのか。学長が「発見」した有効なツールが、国際認証基準を取ることであったという。この枠組みに一度のってしまえば、学長自身が苦労をすべて背負わなくても大学全体がグルーバル化していくという。

 世界には国際的な認証機関が充実し、成長している。この中で鍛えられ、成長すればグローバルスタンダードが確立できると考えた。文部科学省が政令や省令を変えたら、その方向性に違反をしてまで大学改革をしようとする人はほとんどいない。それと同じように、国際認証の中で何が求められているかを学内で学習し、しっかりと実現していく形で大学を作りかえていけばよいということに意外に多くの大学が気づいていないと話す。

 マネジメント教育の分野で、3つの認証機関がある(図表2)。名商大はこのうち、AACSB InternationalとAssociation of MBAsの認証を受けており、日本国内で初めてダブル国際認証を受けた大学である。これはどのくらい大変なことなのか。AACSBを例に説明すれば、世界でビジネス系の大学はAACSB Internationalの推定によれば約1万3140校あり、このうち9%の1208校がAACSBの会員校であり、このうちのさらに約半数の620校が認証校となっている。会員になるのにも基準があり、そこからさらに認証を受けるまで最低5年はかかる。現在、認証に向けての手続き中の機関は184校、このうち52校はアジアだが、そのほとんどは中国、韓国の大学だという。


図表2 マネジメント教育に関する代表的な国際認証機関


重要なのは教員の質と学修の質の保証

 こうした国際認証をとるには、たくさんの項目をクリアーしなければならないが、その中でも特に重要なのが教員の質と学修の質保証だという(図表3)。名商大では、教員の質についてAACSBのAQ(Academically Qualified)基準を達成するために、常勤、非常勤を問わず、AQ(博士号、ABDもしくはLL.Mを有し、過去5年間に50ポイント以上の業績を持つ教員)が50%超、PQ(Professionally Qualified、修士号を有し、過去5年間に50ポイント以上の業績を持つ実務家教員)が40%未満、その他教員が10%未満という厳しい基準を定めている。国際認証継続のためには、毎年、教員から業績を報告してもらい、毎5年間に50ポイント以上を9割の教員がとらないと国際認証は取り消されてしまう。たとえば博士の学位も6年以上前に取得しても業績としてはカウントされないので、教員にとっては緊張の連続だ。AACSB認証をもつ大学ではAQの条件から外れた教員を解雇するところもあるという。こうして教員業績を向上させる努力を学長自身が求めなくても、国際認証の枠組みに入れば、このサイクルが自動的に組み込まれていく。

 また教育の質の保証についても、ほぼ全学生をカバーする教育活動について、到達目標を定め、それをどのように改善したのか、改善できない場合は何が問題かを分析して次に活かすことが国際認証で求められる。優秀な教員が教えてもうまくいくとは限らない。教育改善のプロセス自体がきわめて重要だとされている。なお、どのような到達目標、評価基準を設けるかは大学の裁量にまかされており、名商大の場合は卒業論文やセミナーについてこうした形での質保証を行っている。図表3には卒業論文の例を示したが、すべての学生について事前・事後に11項目を評価して、学修の成果を厳しく問うシステムだ。こうした基準は委員会で教員自身が作成している。教員にとってはかなり大変な作業であるが、これをきちんとやらないと国際認証から外されてしまう。こうした評価以外に、2~3年毎に認証機関から審査員がやってきて、教員も学生も卒業生も個別面談で審査をうける。教員は教員業績や教育改善プロセスをきちんとクリアーしないと給与も上がらないなど、学内の様々な仕組みがすべて国際認証と連動するようになっている。学生からの授業評価も平成4年度と他大学よりも早くから導入している。国際認証では個人プレーでなく、組織プレーが求められ、組織としての対応が必要なのだと学長は語る。

 国際認証をうけ、維持するために、これほど厳しい条件を課されるのに、教職員からの抵抗はないのかを尋ねてみたが、ビジネス系の先生はこうした世の中の変化に対する理解が高いという。ただ、過去の伝統や習慣が根付いている「できあがっている」大学ではグローバルスタンダードを導入しようとしても難しいかもしれないとのことであった。厳しい評価の中で教育研究を行う教員の研究環境や教育改善などの待遇、環境を改善するための学内委員会も作り、検討しているという。


図表3 国際認証で求められる基準の例


国際認証をうけることは学外にも効果

 しかし、こうした高い基準をクリアーしてきたことが、世界での名商大の評価を確実に上げている。例えば、フランスのビジネススクールの大学ランキング(Eduniversal Ranking 2010)でも四つ星の評価を受けている。はじめに述べたグローバルキャンパスで世界の37カ国74大学とパートナーシップを組めるのも国際認証を受けているからこそであり、いずれのパートナー校もまた国際認証を受けた機関である。

 高い基準の国際認証を受けたことにより、海外の大学からは明らかに高い評価・待遇を受けるようになり、海外の大学を訪問した時にこの効果を最も実感するという。学生募集への効果も尋ねてみた。高校の先生と話しても、熱心な先生はよく見てくれているという。教育情報の情報公表が文部科学省によって義務づけられ、今後はますます実態を見て高校の先生が進路指導をしていくのではないかと期待しているとのことであった。

10年先、20年先の時代を読み、大学を舵取り

 こうした国際認証を取り、留学プログラムの渡航費や奨学金、国際寮を整備するためにも莫大なお金がかかり、財政的な裏付けなしに高度な教育環境は提供できない。名商大の場合はこの数年、突然思い立って国際化にハンドルを切ったわけではない。1980年代後半ごろにこの問題意識をもち、財政的な裏づけを作っておかなければうまくいかないこともすぐにわかり、10年先、20年先を見越して蓄積してきたし、学長に就任した30年前から常に大学の将来ビジョンを求めてきたという。インタビュー前にグローバル化に対する名商大のユニークで充実した教育に驚き、この源泉はどこにあるのかを知りたいと思ったが、学長自身の個性や理念に基づくものであるとインタビューの中で実感した。

 将来を見通すことに加え、「国際認証を通じて、大学をグローバルスタンダードに引き上げる」という仕組みに学長が気づいたのも1980年代半ば過ぎ、外国人の教員との会話からだったという。日本で大学という看板を掲げていても、海外で大学として評価される大学なのかどうかという実に単純な疑問からのスタートだった。そのためには国際認証だと調べてみたが、当時はエベレストを登るような高い基準に途方にくれたが、ひとつずつ取り組んできた成果が現在につながっている。

 今後の課題も尋ねてみた。まずは欧州のEQUIS(EFMD)の認証を目指す。3つの認証を受けたトリプルクラウンは世界でも60機関ほどしかないが、これにチャレンジしていく。何年かかるかわからないが、中国の清華大学のように、すべての授業を母国語と英語で開講し、どちらの言語でも履修できるように目指していきたいし、在学生の2-3割が常に世界のどこかで学習しているような形にももっていきたいという。また、近い将来、このキャンパスでは会議や日常のコミュニケーションも英語でやりたいと学長は意気込む。今後の発展も楽しみだ。


(両角亜希子 東京大学大学院 教育学研究科大学経営・政策コース講師)


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