学生の声を聞き、改善に活かすことを徹底/武庫川女子大学

 武庫川女子大学は、文学部、健康・スポーツ科学部、生活環境学部、音楽学部、薬学部の5 学部13学科に、8434名(2013年5月時点)の学生が在籍し、女子大学では日本で最多の学生を抱える。学院としては、1939年に公江喜市郎が「高い知性、善美な情操、高雅な徳性」を備えた女性の育成を教育目標として掲げ、武庫川高等女学校を創設したのが始まりで、74年の女子教育の歴史を持つ。

 本誌は毎年9月号で、高校生の志願度ランキングの順位を上げている大学を訪問するが、キャンパス移転や大規模な学部の新設や改組をしたケースが多い。しかし、武庫川女子大学は、こうした“目立つ改革”はそれほど行っていないにも拘わらず、高校生からの注目度が着実に上がってきており、非常に興味を持った。なぜ高校生からの注目度が上がっているのか、どのような努力の成果なのか。糸魚川直祐学長にお話をうかがった。

学生の意見を聞き、教育改善に活かす

 高校生からの注目度が上がっている理由について、学長は「自立した学生を育てるという立学の精神に基づき、しっかりした教育をし続けているからではないか」とのことであった。2011年12月には、「教育目標実現に向け、自立した学生を社会に送り出すため、主体性・論理性・実行力を培う女子教育に教職員一丸となって取り組みます」という内容の教育推進宣言をした。大河原量学院長の提言を受けて、全学で検討して決めたものだが、これを具現化する教育方針を徹底してきた。

 特に、学生の意見を聞き、それを教育改善につなげている点が、武庫川女子大学の良い点だという。現在ではどの大学でも実施している授業アンケートは1992年から導入している。学生から率直な意見が出され、教員にとってはショックを受ける内容も含まれたが、こうした声を授業改善に活かす取り組みとして継続的に実施してきた。たとえ授業評価の結果が悪くても、教員の勤務評定には使わず、個々の教員の授業改善のためだけに活用するという方針も一貫しており、そうした信頼のもとに定着している。

 また、現在は、非常勤講師も含めて、全ての授業の公開が原則となっている。ただし、試験や特別な実習など、担当者の判断で「今日は非公開」という特例は認めている。全授業を公開するのは教員の抵抗感もあり、なかなか実施が難しい取り組みのように思われるが、5年前からFD委員会で検討し、2010年度から1、2名の教員の授業から公開を開始した。もう少し広げて希望者の教員の授業公開を始めようということになったが、希望を募る手間も考慮し、FD委員会で全員公開という原則を定めた。武庫川女子大学では教職員が自由に意見を言う雰囲気もあり、「授業公開をする必要はあるのか」などの色々な意見が教員からも出されたが、授業を受ける学生が教員の授業公開を望んでいるという声があったことがこうした流れを後押しした面があったという。

8割以上の在学生・卒業生が専門教育に満足

 また、武庫川女子大学では、2002年以降、在学生満足度調査なども定期的に実施してきた。例えば、大学院・大学・短大の全学生を対象とした「在学生満足度調査」は2012年に、また、卒業後10年までの1万3000人の卒業生を対象とした「卒業生アンケート」は2010年に実施している。こうした調査から、大学生・短大生の約8割は専門教育に満足していること、卒業生の8割以上も専門教育に満足していることが明らかになっている。「難しくてついていけない」「もっとわかりやすく」などの率直な意見も多く寄せられているが、全体としての満足度はかなり高い。その時々に学生の声を聞いて、活かしてきた成果だという。こうしたアンケートを通じて学生満足度の向上につなげる諸改革は、認証評価でも高い評価を受けている。

 こうしたアンケートの結果は、ホームページでも積極的に公開されているが、筆者が特に感心したのは、その徹底した活用ぶりである。例えば、2010年夏に実施した「卒業生アンケート」は、その結果の概要だけでなく、調査結果を受けた検討事項もホームページに公開されている。そこでは、大学・短大自己評価委員会が中心となり、明らかになった問題点や課題を「教育(制度・内容)の改善・充実」「学生生活支援の改善・充実」「キャリア支援(資格取得)の改善・充実」「施設等の改善・充実」「卒業生への支援」の5項目に分け、さらに具体的な中分類に項目を分けている。そして、大学・短大の各学部・学科、事務局などの各担当部署が、それぞれの問題点や課題に対して、取り組むべき具体策・取り組み時期・達成時期をとりまとめ、2011年12月にその結果を学内外に公表している。学科によって指摘された課題も教育内容も異なるため、その書きぶりも異なっているが、取り組む内容の具体策も多様で、それぞれの部署の課題として認識され、その改善に向けて取り組まれている様子がうかがえる。ホームページには公表されていないが、在学生も卒業生も、自由記述で色々な意見を書いてくれるので、各部署ではこうした自由記述も含めて、丁寧に検討しているという。

 近年、在学生や卒業生に対するアンケート調査を実施する大学も増えているが、せいぜい結果の概要を報告書などにまとめて学内に配布する程度で、各学科レベルでこれほど丁寧に検討して、自身の問題として認識し、改善につなげている大学は多くない。しかし、ここでは学生が意見を言い、それに向き合い、改善につなげるということが日常的に行われており、学生からも「あのアンケートはどうなったのか」と聞いてくるそうだ。また、アンケート調査に限らず、1人でも何か問題を抱えている学生がいたら、時間を割いて、手当てをするし、できないときにはその理由を分かってもらうまで説明している。大変だが、こうして丁寧に、しかし甘やかさずに真摯に向き合い、学生のことを考えている姿勢は、その学生だけでなく、周りの友達にきちんと伝わっていく。そこには自信もあるし、力を入れていると学長は言う。こうした大学側の態度が学生・卒業生の高い満足度、低い退学率(昨年度は0.8%)、さらには志願者数の増加(図1)につながっている。

図1 大学志願者数の推移

教学リーダーシップの確立

 学生の声を聞き、活かすことの重要性は恐らく多くの大学でも認識しているが、実際にそれを教職員一丸となって行うのは至難の業だ。なぜそれが可能なのか。「もともとこぢんまりした大学で、皆でコミュニケーションをとりながら物事を進めてきた。教員同士、教員と学生、教員と職員が風通し良く話をする、学生のことをよく考える雰囲気がある」というが、そうした良い風土を支える仕組みも同時に整えられている印象を抱いた。

 現在は専任教員が300名ほどの大規模校であるが、月1回の学部教授会のほかに、全専任教員が参加する「合同教授会」も毎月1回行われ、学内情報を共有している。どうしても報告事項が多くなるが、必要なところは時間をかけて議論しているという。また、評議会という会議体では、学院長(理事長)、学長、学部長、事務局長、教務部長、学生部長などに加えて、全学科長(12名)も出席している。30名くらいのメンバーが参加するが、教職員ともに、かなり率直な意見を出し合う機会になっているそうだ。多くの大学では、教員は教育熱心でないわけではないが、全学的な視点を欠きがちなところが問題になっているが、こうした会議体の存在が、全学の教職員、学科レベルまで、全学の方針や課題が浸透するための仕組みになっているように思われる。

 また、教学改革の推進体制について図2に示した。自己評価委員会や教育改革推進委員会など、組織体制は一般的なものだが、学長を中心とした体制が構築されている。例えば、教育改革推進委員会は、学院長(理事長)、学長、学部長、教学局長、事務局長、学長が指名する教職員など十数名がメンバーであるが、学長指名の教職員は必要に応じて随時参加している。在学生などに対するアンケートは、実際の実施、回収、分析については外部業者も活用しているが、どのような項目を分析するのか、先生方にどのようにフィードバックするのかなどは、学長中心の委員会で決定している。卒業生アンケートでは指摘された問題点に対して、各学科など担当部署が対策を検討していたが、トップから求められなければ、自主的にやれるものではない。またこうしたアンケートは、学院長(理事長)にその必要性を学長が訴えて、費用は全額法人が負担しているそうだが、そうしたチェックプロセスも意義あるアンケートの実施と活用を下支えしている面があるのかもしれない。

図2 教育改善のための組織体制

 また、学長を中心とした教学リーダーシップが確立していると強く感じたエピソードも紹介したい。教育改革推進委員会で、1年は開学時から行っている初年次ゼミ(クラス担任)、3・4年生は専門ゼミがあるが、2年生に少人数指導が欠けていることが問題となり、2年次演習を作ったという話があった。多くの大学では、「○○が必要だ」と新しい授業やゼミを作り、教員の負担がますます増大し、その結果として授業の密度が低くなっていることが中教審などでも問題視されている。ところが、武庫川女子大学の場合は「スクラップ&ビルドはとても重要で、毎年、学長と各学科の間で、目指すべき方向性とそれに必要な教科目を確認している」という。新たに必要な科目が出てきて科目を増やしたい場合、必ず学科と話し合いをする。学科が教育の最前線で、もっとも基礎的な単位でその自主性を大事にしているからだ。大学全体で伸びていくために、4つの柱(外国語教育、情報教育、初年次教育、2年次演習)という全学のコンセンサスを作り上げているが、それをしっかり担保したうえで、なぜ個別の教科目を増やしたり、減らしたりする必要があるのかを議論する。授業の数を増やさない事は、教員に良い教育・良い研究のためにしっかりと時間を割いてもらうためにとても重要なことだ。そこで学長から「この科目はなぜ必要ですか。この科目はどのようなシラバスでどのような授業をしていますか。この2つの科目ではどちらの重要度が高いですか。」といった質問を投げかけ、最終的には学科内でどの科目を減らすのかの判断をしてもらっている。

 通常の授業科目だけでなく、資格や就職のための科目についても、野放図に増やさずに、重点的に行っている。「この資格は本当に必要なのか」と学長から尋ねることもあるが、必要性を認めたものについては非常勤講師などを手厚く配置している。ノウハウを持った人たちを活用しているが、彼らに任せ切ってはだめだという。このように全学的な観点からの教学マネジメントが非常によく確立している。

 こうした教育の成果で、武庫川女子大学は伝統的に資格や就職にも非常に強い。昨年度の就職率(就職者数/就職希望者数)は、大学97.5%、短大96.6%であったし、こうした高い就職率を維持し続けている。小規模校でなく、マンモス校でこれだけの数字を出しているのはかなりの実績といえる。資格や就職の技術を学ばせるところではないから、教育も研究もしっかりやるなかで高い就職率を維持することが重要だと、学長は強調する。

「学問を究め、女性の未来を拓く」大学へ

 より良い教育を目指して改革に取り組む一方で、武庫川女子大学では研究力の向上にも力を入れている。科学研究費補助金の採択件数は、現在、女子大学の中で5位だが、ランクを上げたいし、常にアンテナを張っている。学長から直接に個別の先生に電話をかけ、この研究費を応募させたらどうかと交渉することもあるという。科研に申請したものの不採択となった課題をサポートするなど、様々な手も打っている。

 いい教育をして、自信と実力を持ち活躍できる女性を育てたいという意味をこめて、大学としてのキャッチコピーを「学問を究め、女性の未来を拓く」と定めた。また、2009年12月に策定された中長期将来構想計画をみると、女性の活躍が求められる新分野を開拓し、さらに規模を拡大することで、大学の特色を活かしていくことが書かれている。今後も「女子大学の学生数ナンバー1は維持していきたいし、大多数の先生がいい教育をしているという現在の良さをなくしてはこの規模は維持できない」という。

 課題もある。授業公開をしているが、教員は現実的にはなかなか色々な授業を見に行く時間が取れない。教員の仕事量が多く、どうしたらもっと勉強と研究の時間を確保できるかの工夫も必要だという。また、今後、さらに規模を拡大させても、どのように学内の風通しの良さを維持・向上させることができるのか。合同教授会の意思疎通のあり方も含めて検討が必要だという。当たり前のことにまじめに、誠実に取り組んでいる好事例で、さらなる展開、発展が非常に楽しみだ。


(両角亜希子 東京大学大学院教育学研究科准教授)


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