実学教育の伝統を世界へ/中央大学

 中央大学は、1885年に英吉利法律学校として創立されて以来、「實地應用ノ素ヲ養フ」との建学の精神のもとに、高度専門職業人を数多く育成してきた。現在では6学部、大学院8研究科、専門職大学院3研究科、4附属高等学校、2付属中学校と9研究所を擁する総合大学・総合学園として発展している。近年は、国際寮の運営など、「GOGLOBAL」のかけ声のもとに、グローバル化に力を入れている。その問題認識や内容について福原紀彦学長にお話をうかがった。

中央大学のグローバル化-2つの特徴

 中央大学がグローバル化に力を入れていることは、2012年度の文部科学省の競争的資金である「グローバル人材育成推進事業(全学推進型)」に採択され、公的支援を獲得したことからもうかがえる。

 中央大学のグローバル化は、2つの特徴を持つ。ひとつは、日本のグローバル化の中で遅れがちなグローバルな舞台で高度専門職や公務に従事する者の育成を進めることである。中央大学は、法曹、公認会計士などの資格を取得して社会で活躍する人材や種々の公務員を多数輩出してきたことで知られている。こうした人材は国内のルールに基づき採用され、仕事をするので、ドメスティックに見られがちであるが、こうした高度専門職業人のグローバル化が必要である。これからの時代は、資格のあり方を含めて、あらゆるものがグローバル化する。そして、弁護士が活躍する舞台も日本国内だけでなく、海外にもっと広がっていいし、むしろ広がりが必要である。このことは建学の精神に基づいており、中央大学だからこそ貢献できるグローバル化のあり方といえる。

 もうひとつは、学生たちの人生設計の視野を海外にまで広げてあげることである。中央大学の卒業生の多くは、今でも各分野で国際的に活躍しているが、これは世界企業トップの出身者数で順位付けするタイムズ・ハイヤー・エデュケーションの高等教育機関ランキングで世界27位(日本5位)にランクインしたことにも表れている。このような先輩の背中を目指す学生が一部の5-10%程度にとどまるのではなく、80-90%にまで広げていくことである。昨年から、「GO GLOBAL 中央大学から世界へ」という標語を掲げて取り組みを強化した。ウェブサイトでは、海外で活躍する先輩を多く紹介し、実際にキャンパスに招いて講演をしてもらったりしている。取材前日まで学長はロサンゼルスにいらしたそうだが、現地の法律事務所で働く卒業生のもとを学生たちと訪問していたという。学生は西海岸でインターンシップをし、企業や事務所訪問をして見聞を広げ、実際に海外で活躍する先輩とじかに触れ合うことで、これまで漠然と意識していた活躍の場を具体的にイメージするようになる。

 前述の「グローバル人材育成推進事業」に選ばれた理由のひとつも、グローバル・リーダー、グローバル・スペシャリストを輩出し、こうした分野の国際化のトレンドをおこすという狙いが評価されたのではないかという。

国際寮開設の経緯

 そうした意味で短期プログラム、学位取得など、様々なタイプの中央大生の海外への送り出しを強化している。2012年度の学生の海外派遣は226 名だが、5年間で5倍に増やす計画を立てている。

 他方、留学生の受け入れについては、2013年5月現在、大学全体で798名である。このうち、学部段階では正規生517名、非正規生(協定校からの交換留学生、研究生)は82名と、学部段階での留学生受け入れも多い。正規留学生は、特に商学部、経済学部で多い。日本でビジネスや経済を学びたいという需要は高く、4年間、日本語で授業をうけ、そのまま日本で就職する学生も多い。留学生数は増えている。他大学に先駆けて中国で現地入試を始めてもいるが、大学の広報の努力もさることながら、むしろ各学部の先生たちの国際交流をベースにできた留学生会、中央大学に留学した学生たちの評判などが伝わって増えた面が大きいという。こうして留学生受け入れニーズが高まる中で、寮を求める声が高まった。

 寮を計画し始めた当初は留学生寮と考えていたという。しかし、東京都日野市の多摩平の森(多摩平団地)の建物再利用のニーズと重なり、都市再生機構などの外部団体との話の中で、国際学生寮というコンセプトを作っていった。日本人学生にとっては、海外に出ることなく、国際感覚を磨くことができ、留学生にとっては、日本人学生と接する生活の中で、留学効果が高まる。留学生寮では国籍ごとにコミュニティーができて留学生の間でも閉じてしまいがちだが、地方から来た全国の日本人学生をいれることで、バラエティーに富んだ環境になった。

2タイプの国際寮をハード&ソフトで整備

 こうして、2011年から国際寮をオープンしたが、2つの異なる寮を有する。ひとつは、多摩平にあるルームシェア型で全64 室。日本人・私費留学生・交換留学生の3人1組で1部屋に住む。実際に現在、30名の日本人、14名の私費留学生、20名の交換留学生が住むことができる。もうひとつは、東京都多摩市の聖蹟桜ヶ丘のプライベートを重視した1 ルーム型で全94室。ただし、共用スペースなどの国際交流の場は用意されている。現在は56名が日本人または私費留学生、38名が交換留学生という内訳だ。共用スペースでは国際交流を目的にスペイン、ベトナム料理などのパーティーを開き、多摩平では運動会も開催するなど、居住者同士の交流は活発だ。

 異なるタイプを作ったのは、偶然の産物というか、元々の建物の構造に依存している面がある。ルームシェア型は3LDKの団地のリノベーション、ワンルーム型は社宅を借り上げたため、異なる特徴を持つ国際寮になった。どのような学生ニーズがあるのか、タイプの異なる国際寮をパイロットケースとして運営することで、3年間ほど検証し、キャンパス内に設置が検討されている国際寮建設の参考にしようとしている。今後は、多摩キャンパスの広大な土地を活かして、500~600名ほど収容できる大規模な国際学生寮の建設を検討中だ。

 多摩平寮には、寮長、階段リーダーなどのリーダー5名を置いている。ごみ当番など、日本ではこうするのだということを留学生にも徹底させるが、国際的リーダーシップが養われる良い機会となっている。当初は日本人学生で運営していたが、現在は国籍を問わず、立候補制でリーダーを選んでおり、5人のうち、1名は韓国人学生だという。寮長は、実家は神奈川県で通学可能であるが、あえて国際的な環境で大学生活を満喫している。

 こうした施設はどのように使うのかによって、その機能や意味は全く異なってくる。業者や管理人に丸投げせずに、運用・運営の面で教職員が関わることも重要だ。国際センターのスタッフは、月1回、時間をかえて訪問して、何か問題が起きていないかをチェックし、居住学生と話をする。全員の名前と顔が一致するこぢんまりした規模で始めたことは、学生の声を吸収しやすいメリットがあるという。

 国際寮に加えて、より多くの学生が国際性に触れるための環境や仕組みも整備しつつある。例えば、G²(グローバル・スクエア)も今年オープンした。食堂の2階という学生の動線の中に、学生企画で運営するもので、例えば韓国語講座などがある。また、インターナショナルウィークなどのイベントを開催している。例えば、ドイツのウィークであれば、食堂ではドイツビールやソーセージを提供し、駐日大使の招待やドイツ映画を放映するなど、その国に関連した催しを行い、キャンパス全体をドイツにする。自然と留学に行きたい雰囲気を醸し出すことで、一部の意欲の強い学生だけでなく、一般学生も留学に行ってみたいと思わせる。特定の国だけでなく、国連ウィークなども開催している。「国際公務員になろう」という講演会には、学生が多数集まり、質問者の列ができたという。

 グローバル人材育成推進事業の申請書には、協定校への1年間の留学は募集131名に対して、実際に利用したのは69名であることが書かれていたが、こうした雰囲気作りが功を奏して、状況は変わりつつある。2013年度は協定校の募集枠162名に対し103名が利用した。また、今年のTOEIC®・TOEFL®の特別講座は、多くの学生であふれた。

国際寮の効果は想像以上

 こうして学生の雰囲気は徐々に変わりつつある。実際に、国際寮に住んだ日本人学生に意見を聞いたところ、「日本人と外国人の違いを知った」「他人の価値観を理解することができた」「外国語を使う機会が増えた」「留学生に聞かれて日本のことを知らないことに気づき、学ぼうと思った」など、生活の中に外国人が入ることの効果は想像以上に大きかった。英語を学んだり、同じ部屋で暮らした仲間と海外へ旅行に行ったり、帰国した留学生に会いに行ったり、短期留学に参加する学生が出てきたり、意識面だけでなく、行動面での変化にもつながっている。

 国際寮開設の年は東日本大震災が発生して、定員を満たさなかったが、現在では、3月からと遅めの募集開始であるにもかかわらず、2倍の倍率になった。オープンキャンパスなどでの関心も高まっており、今後はさらに倍率が高くなることが予想されている。本人だけでなく、保護者が興味を持ち、問い合わせてくるケースも多い。日本にいながら留学体験できるというキャッチフレーズがうけているようだ。

全学組織「国際連携推進機構」

 中央大学が全学的にグローバル化に力を入れ始めたのは最近だが、もともと個々の教員レベルでは国際化の取り組みは進んでいた。例えば、教員の学生海外引率は、2008年から2010年の合計で、学部129 件・学生数延べ1340名、大学院(専門職を含む)66件・学生数延べ274名。通常授業やゼミの一環として、担当教員が個別に計画・実施しているものが多い。つまり、グローバル化のポテンシャルもレベルも高いが、それを大学全体として力を発揮できてこなかった点に課題があった。

 福原学長は2011年11月に着任したが、2012年2~3月には教学基本構想を作り、全学のミッションとビジョンをまとめた。その実現のために、全学組織として、国際連携機構を作り、学長が機構長を兼任した。全学組織を作ることで、グローバル化が遅れている組織は進んでいるところに合わせる努力をするようになり、進んでいる組織についてもその活動が永続的になるためだ。2012年7月には機構のもとに、国際連携推進会議と国際交流センターを改組した国際センターを作った。両者が連携したグローバル化を推進する体制を整備し、連携会議などの全学的推進体制を作り(図表参照)、9月にグローバル人材育成推進事業の申請をした。グローバル30事業では申請を見送った経緯もあり、「次こそ絶対に申請しないと」という思いがあったが、プログラムを作るためだけでなく、大学改革を進めるための起爆剤であることを意識している。教育力向上のための提案型の学内競争資金も始まっており、こうした取り組みもグローバル化の進展とタイアップするなど、全学的な大学改革の中に位置づけている。また、大学だけでなく、附属中高との連携も強化する予定だ。

 こうして各学部・学科の個人ベースで行われてきた取り組みを全学的に発展させているが、奨学金のあり方とリンクして、支援するための仕組みも整えている。基本的な考え方は、目的を明確化して、手厚い補助をするというものだ。例えば、理工学部では海外での学術論文発表や海外調査やインターンシップに奨学金(1回あたり3万8000円ほど)を出している。また、法学部には学生提案型の「やる気応援奨学金」があり、申請して認められると200万円が補助される。2009年度から2011年度の「やる気応援奨学金」による海外渡航者は計263名である。このほか、経済学部の「鈴木敏文奨学金」、文学部の「学外活動応援奨学金」などもある。こうした制度で、国際的に活躍する学生のやる気を引き出す。

 国際的展開を進めるための学内予算はもともと2~3億円ほど計上されており、教員の国際交流を支えてきたが、今後はそうした予算を学生にも向けていく。経常予算や教育力向上特別予算だけでなく、先輩たちによる寄付、特に125周年の募金で基金を作り、その果実を利用したり、日本学生支援機構の奨学金を獲得したりしている。

図 国際連携推進機構の組織図

「All 中央」から「Beyond 中央」へ

 中央大学の国際化は、これまで表に出ず、十分に活用していなかった学内の様々な資源を発掘し、全学的に活用しようとする点に特徴があるように思われる。今後、国際寮の規模を拡大し、さらにグローバル化を進めることで大学全体として飛躍を狙う。

 学部は設置してこなかった。環境、ジャーナリズム、国際協力、スポーツ・健康科学、地域・公共マネジメントという新領域の5プログラムについて、各32単位を履修する学部横断型教育のファカルティリンケージ・プログラム(FLP)が、新学部を設置するのと同様の役割を果たしてきた。しかし、今後は海外の大学、国際機関、国内企業などとの連携のもと、新しいコンセプトで持続可能性のある国際系学部や大学の設置も考え、議論を始めているという。中央大学の中のものを結び付ける「All 中央」から、次なる課題として「Beyond 中央(中央を超えて)」を目指す。それがどのような姿なのかはまだ明らかにされていないが、今後の展開を大いに楽しみにしたい。


(両角亜希子 東京大学大学院教育学研究科准教授)


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