迅速な意思決定で進化を続ける医療系総合大学/森ノ宮医療大学

森ノ宮医療大学キャンパス


好立地を活かした医療系総合大学へ

 2025年、大阪市湾岸部の人工島「夢洲(ゆめしま)」で「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマとした日本国際博覧会(大阪・関西万博)が開催される。森ノ宮医療大学があるのは、その隣の人工島「咲洲(さきしま)」だ。海に面した開放的な環境が魅力だが、交通の便もいたって良い。最寄り駅である大阪メトロ中央線・コスモスクエア駅から徒歩1分であり、梅田・難波・天王寺から30分ほど、本町からであれば、15分ほどしかかからない。大阪市中心部からのアクセスは抜群だ。

清水尚道 理事長

 この利便性は、大学のDNAゆえのことだといってよいだろう。森ノ宮医療大学は2007年に誕生したが、学園としての歴史は、1973年4 月創設の大阪鍼灸専門学校までさかのぼる。7人の臨床家が現場に即した学びを提供する場として創設したものであり、社会人を中心とした教育、卒業生と教員との交流を大きな特徴としていた。医療職は、最新の情報・技術を絶えずキャッチアップする必要がある。「大学も同じスタイルでできればと考えていました。卒業生、卒後教育のためと、立地にはこだわりました」と清水尚道理事長は説明する。

 建学の精神は、専門学校創設時に打ち立てられた「臨床に優れ、かつ豊かな人間性に裏打ちされた医療人を育成する」。保健医療学部に鍼灸学科と理学療法学科の2学科を設置するかたちでスタートしたが、2011年には看護学科と保健医療学研究科が、2016年には作業療法学科と臨床検査学科、助産学専攻科が、2018年には臨床工学科が、2020年には診療放射線学科が加わった。わずか13年で1学部7学科、大学院3専攻、1専攻科にまで急成長し、医療系「総合」大学として進化し続けている。

経験からの誤算に学ぶ

 ただ、順風満帆に発展したわけではなかった。森ノ宮医療大学の志願者数推移は、図1に示す通り。ここ5年こそ、新学科を創設すれば、その定員をはるかに超える志願者が集まるようになっているが、開学当初の募集力はかなり弱く、2011年に看護学科の創設で起死回生を試みても、期待通りの結果は出なかった。開学以降4年間、志願者数が減少し続けたことも苦しかったが、2011年の志願者が前年度を下回ったことはさらに苦しかった。

志願者数推移

 なぜ、志願者が減少したのか。「2010年、大学の一期生が国家試験を受けたのですが、理学療法学科の合格率が全国平均を大きく下回ってしまったのです。このことが影響して、志願状況が鈍ったとみています」。清水理事長はこのように述べたうえで、次のように続けた。「専門学校では、実技教育の充実が学生たちの学習意欲につながっていました。その経験から、大学でも実技教育をきちんとすることが大事だと考えていたんですね。そうすれば、学生たちは、自ずと国試対策をするようになるはずだ、と。ですが、高校から進学してきた学生にこの方法は通用しなかったんです。自分の生活をかけて専門学校に通っている社会人学生が多い環境とは異なり、きっちりとした指導をしなければならなかった。『専門学校と大学の違い』を痛感しました」。

 急ぎ国試対策も含めた教育へと転換した。すると、わずか2年後の2012年度、理学療法士国家試験合格率は9割を超えるまでに上昇した。そしてそれからというもの、国試合格率は、むしろ森ノ宮医療大学の強みとなっている。直近である2019年度の理学療法士の国試合格率は100.0%(全国平均86.4%)。他の領域についても、看護師100.0%(同89.2%)、作業療法士97.4%(同87.3%)、はり師89.6%(同73.6%)、きゅう師87.5%(同74.3%)と、高水準の合格率を誇っている。

なぜ医療系総合大学を目指すのか

 巷では、「大学の専門学校化が起きている」という声を聞くことも多い。2019年4月には、実践的な職業教育を行う専門職大学という新しい学校制度も誕生した。機関間の線引きがますます求められるようになるのだろうが、そうしたなか、森ノ宮医療大学は、「専門学校と大学の違い」に敏感な意思決定を行っている。国試対策導入のエピソードもそうだが、さらに今ひとつ、森ノ宮医療大学の代名詞でもある「医療系総合大学」へと発展したのも、もとはといえば「専門学校と大学の違い」を強く意識したからである。

 専門学校と大学の違いは、まず、取得できる資格の違いに求めることができる。看護領域でいえば、三年制の専門学校では基本的に看護師の資格しかとれない。けれども、四年制大学に通えば、養護教諭一種免許状や保健師免許取得への途が開かれる。

 また、その違いは、専門の深さに求められるかもしれない。大学の場合、専門学校に比べて、必然的に専門性を究めた教員が多くいることになる。より高度な専門を、科学的根拠に基づきながら、理論という次元で学ぶことができるという点に、四年制大学の強みを見いだすことも可能だ。

 しかし、森ノ宮医療大学はそれ以上の違いを模索した。1年間長く学ぶことができるとなれば、その時間をどのように活用するか。たどり着いた答えは、次のようなものだった。「専門学校の3年間で他分野のことまで知識を得ようとしても、それは難しいと思います。自分の専門の領域の知識やスキルを獲得するだけで精一杯になってしまう。ですが、さらにプラス1年あるのであれば、その時間を他の医療職種のことを知ることに充てることができます。今の医療はチームで動いています。他の職種の人がどのようなことを考えているのか、何を目指しているのかを知ることはとても大事なことだと思います」(清水理事長)。

 図2で示すように、チーム医療では、複数の医療専門職種がそれぞれの専門性を発揮することで、治療やケアが進められる。連携・協働、チームワークが鍵となる。各職種それぞれの立ち位置や考えを知っておくことは、これまで以上に大事になる。

チーム医療と森ノ宮医療大学の教育(例)

 看護学科の学生であったとしても、理学療法学科や臨床工学科、鍼灸学科などの教員から他職種について学ぶことができれば、それはおおいにプラスになるに違いない。

拡大路線ではなく教育環境の充実

 一見、森ノ宮医療大学は、ただ拡大することのみを目指しているようにみえるが、決してそうではない。森ノ宮の進化は、チーム医療を前提とした教育環境の充実を目的にした結果なのだ。清水理事長は「今いる学生たちに少しでもいい環境をと考えると、ゆっくりやっている場合ではないんです」と力強く語る。実のところ、経営的な観点では難しい学科もあるという。しかし、医療現場に近い環境があれば、それだけ学習力は高まる。「私たちは、学生のために教育をしていますけれども、同時に将来の患者さんのために教育をしているわけです」。その視線は、大学の外へ、そして未来へ向かっている。

 交通の便を理由に選んだ立地にも助けられた。開発途中のベイエリアだったため、空き地が多く、新しい学科を作るための土地選びに悩む必要がなかったからだ。開学当時は1区画のみだったが、現在は隣地で4区画を所有している。大学にとって土地選びがいかに重要かを示す好例だといえるだろう。と同時に、地域との連携も重要だ。体育の授業では、大阪市が所有する人工島「舞洲(まいしま)」のスポーツ施設を有効活用させてもらっている。また、実習面においては様々な基幹病院と連携協定を結んでいる。街の発展とリンクしながら大学も発展しているという自負がある。

短期間での目標見直しとコラボレーション

 それにしても、これだけの進化を短期間に遂げる秘訣は何なのか。ガバナンスが利いているのかと考え、尋ねたところ、やはり迅速な意思決定のための仕組みがそこにはあった。

 図3が意思決定の仕組みである。その大きな特徴は、理事長・幹部が学科で起きていること、考えていることを直接把握し、それを意思決定に組み込むことを可能にするあり方だ。小規模であることの強みを最大限活かしたかたちだといえるだろう。

意思決定の仕組み

 ただ、特記すべき特徴はほかにもある。2つほど触れておきたい。

 ひとつは、短期間での目標見直しだ。図に示す会議は頻繁に開催されているが、驚くべきはそこで話し合われたことがすぐ実行に移される点だ。例えば、5年間というスパンで作られた中期計画は3カ月に一度進捗状況を確認しているが、うまく進展していない目標はすぐに切り替えるという。現状にあった目標をその都度見直し、設定し直したほうが、前進するという判断に基づいている。

 もうひとつは、「コラボレーション」という感覚を前提にしている点だ。教員はそれぞれの専門性があり、言ってみれば個人事業主に近い感覚があると思っている。そのようなメンバーの集まりなのだから、組織を作り上げるというより、一緒に事業を行っているという心持ちで大学を動かしたほうが望ましい。そして実は職員も同じ感覚だという。学科など、現場が考えたものに対して、理事長・幹部は、費用面を除けば、基本的に「ノー」とは言わない。将来の患者さんのためにと大きな目標を共有しているからこそうまくいっているという側面もあるのだろう。「本当に『協働している』という状況です。ガバナンスが利いているというよりは、自律的に取り組んでもらっているということだと思います」と理事長は述べる。

 また、なにより荻原俊男学長(2011年4月~)の存在は欠かせない。大阪大学医学部附属病院の元病院長という経歴を持つ荻原学長だが、現在は森ノ宮医療大学の発展のために全力を費やしている。清水理事長は「協働性と柔軟性を大事にする学長のスタンスが、教職員に伝わっているのだと思います。遺憾なくリーダーシップを発揮していただいていることに、ただただ感謝しかありません」と言う。

トップであるとともに、スタンダードになることを目指す

 リクルート進学総研が実施する進学ブランド力調査において、森ノ宮医療大学は関西地区の看護・医療・保健・衛生の分野別志願度ランキングで、2年連続トップとなっている。もともと教育には自信があった。知名度があがれば、自分たちの教育に関心を持ってくれる人も増える。理事長は、それが嬉しいという。

 「これからは、研究にも力を入れていきたいと思っています。さらに総合力を高め、『医療系へ進みたいのであれば、まずは森ノ宮のオープンキャンパスに行けばいい』と言われるような大学を目指したいですね。つまり、1つのスタンダードになることが目標、とでもいえるでしょうか。そういう意味では、もしかしたら、私たちはオープンキャンパスの来場者数のトップを目指しているのかもしれません」(清水理事長)。

 自分たちが外の評価についていくためにも、気を引き締めて教育環境の改善に努めていく。森ノ宮医療大学は、新しい段階に入りつつあるようだ。学部・学科の全体的な見直しとして、改組も検討しているという。

 これほどまでに進化できた理由を理事長に尋ねたところ、「運かもしれない」と笑顔で答えた。しかし、運は努力する人の味方をするという話もある。これから先、森ノ宮医療大学はどう変わっていくのか、今から楽しみである。



(濱中淳子 早稲田大学 教育・総合科学学術院教授)



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