学部・学科トレンド データ集

連携・融合という社会のトレンドは志願トレンドにはまだ反映されず、やや時差ありか

 経済環境や雇用情勢あるいは政治動向等、社会の様々な要因が受験生の志望分野に作用し、学部・学科の「ライフサイクル」は大きく変化する。本誌では1992年以降その動きを把握し、定期的にマーケットトレンドを俯瞰してきた。前回はグローバル化・第4次産業革命といった大きな社会変化のうねりが、特に複合分野のトレンドに影響を与えつつある状況をお伝えした。今回はその後、コロナ禍のさなかの状況をお伝えしたい。


図表1 学科の78学問分類と2018-2021 トレンド一覧


 本調査では、「リクルート入試実態調査」の集計データを基に、2021年時点で国公私立大学が設置していた5180学科について、学科名称や教育内容に照らし合わせ、リクルート独自の12の大分類・78の小分類(図表1)に分類した。なお、この78分野に当てはまった3485学科を「単独分野」と定義。また、複数分野が融合していて78分野に当てはまらなかった1695学科を「複合分野」と定義している。

 特集で見てきたように、社会・産業界の変化と人材育成トレンドの変化、初等中等教育の変化と、高等教育の前後では大きな変化が起こっている。高等教育は社会ニーズに応じたシーズを育て、変化対応力の高い人材を育成し、探究軸で学んでくる生徒達の学びを止めず、シームレスな高大接続を継続的に実現する必要がある。ではそうした学びをデザインした場合、ブランド力が高まるのか、志願者数が増えるのか、というのは、短期的な経営テーマとして当然関心の高いところであろう。しかし、今回数値データで見る限りでいうと、志願者数に跳ね返るのはまだこれからという感が否めない。つまり、新しい領域を創ったからといって、必ず集まるというわけではない。そこには立地やポジショニングといった外的要素も影響するほか、大学自身の戦略やドメインに即した独自性、ストーリーが必要になる。そうしたストーリーやビジョンにこれからの可能性を感じれば、受験生やステークホルダーの理解は得られ、志願者数に結果が表れてくるであろう。当然効果的な広報や情報伝達ができているかどうかによっても結果は変わる。志願者が増えるかはそうした複合的な要因によるのであって、特定の学科が必ず伸びるという単純な話ではないことは言うまでもない。また、志願者が継続的に増加するには一定の時間を要するため、社会ニーズが顕在化してから設置までには一定の検討期間があり、かつ、そうしたニーズを反映した学科系統の新規設置が増加してからも、志願者が増加するには一定の期間が生じる。つまり、伸びてくるべき分野がまだそこまで伸びていない。今回の集計ではこうしたギャップが明らかになった。

1章:単独分野のマーケットトレンド

 まず単独分野の学科系統から見ていこう。縦軸に志願者数、横軸に募集定員数を置き、図表上の矢印で、ライフサイクルのパターンがどのように変化してきたかを示したのが、学科系統のライフサイクル図である(図表2-2 ~2-13d)。製品ライフサイクルになぞらえ、Ⅰ成長期、Ⅱ成熟期、Ⅲ衰退期、Ⅳ撤退期、Ⅴ再成長予兆期という、5つの段階があると仮説を立てている。ただし、マーケットの趨勢が必ずしもこの順序になるとは限らず、特に最近は変化が激しく、「成熟前に衰退する」「撤退したまま再成長しない」といったケースも散見される。


図表2-1 学科系統のライフサイクル図

図図表2-2~2-4

図図表2-5~2-8

図図表2-8a~2-12a

図図表2-13~2-13d


 学科ライフサイクルはその分野の募集力だけではなく、社会情勢を多分に反映する。単独分野の志願者増減について、期間を区切ってランキングにしたのが図表3だ。対比のため、過去のデータを横に配置した。まず、左側の2008-2012年は、2008-2009年のリーマンショック、2011年の東日本大震災を含む期間で、景況が悪化した時期である。そのため、高校生の進路選択が保守的になり、志願動向は概ね理高文低、就職が堅調な資格系分野が人気となった。中央はその後、アベノミクスによる景気回復により就職状況が改善した2015-2018年である。ここでは社会科学系が人気を盛り返している様子が分かる。そして右側が、今回追加した2019-2021年。該当期間では単独分野での増加が7分野にとどまった。2021年度入試は私大一般選抜が前年比14%減となった年度である(旺文社調べ)。近年は18歳人口の減少傾向にも拘わらず、併願割引、入試方式の多様化等により、延べ志願者数は増加の一途を辿っていた。その可否をここで論じるものではないが、併願増を後押しした大規模校の定員厳格化政策の存在も見逃せない。2020年には、入試改革を控えた受験生が翌年浪人しないために身の丈に合う志望に絞ったさらなる安全志向となり、志願者総数は14年ぶりに減少した。こうした状況に新型コロナが直撃した。コロナ禍において受験生は地元回帰志向が高まり、結果大都市圏の大学が敬遠され、併願校数も減少する等、堅実な動きが目立つ。こうした「全体的な志願状況の悪化」に加え、当然景況悪化の影響もあろう。しかし、伸びている分野の1位が「情報工学」であるのは、奇しくもコロナ禍で明らかになったデータサイエンスやデータリテラシーの必要性に受験生が反応している様子にも見える。

 翻って減少のランキングを見ると、当然増加ランキングと真逆のことが起こる。理系や資格系が人気の不況時期にあっては社会科学系が不人気であり、好況時期はその逆となる。学部学科の新増設等で志願者を増加させたい際は、大学独自の事情のほかに、こうした全体情勢をよく見極める必要があるだろう。


図表3 単独分野の志願者増減ランキング


2章:複合分野のマーケットトレンド

 単独分野と複合分野の比率を図表4に示した。近年大幅な変化はなく、概ね募集定員比率でも志願者比率でも7:3程度の割合で推移している。本来であれば複合分野が増加傾向にあるのが妥当に思われるが、冒頭にあげた時差に加え、実際は新たに社会ニーズと目されるテーマでも既存の単独分野の中で既に展開されているものも多く(例えば、ロボティクス分野は機械工学の中で展開しているものが多数を占めるのが現状であり、複合的な学科設置の流れはあまり見受けられない)、新しく見える学問が必ずしも全て複合分野というわけではない実態が窺える。


図表4 単独・複合分野の定員・志願者 構成比


 1章で単独分野の志願者数動向を見たように、複合分野についても図表5にトレンドを示している。


図表5 複合分野の志願者増加ランキング


 まず、2008-2012年は、1位スポーツ学×健康科学、2位社会学×コミュニケーション学×マスコミ学×メディア学、3位教育学×保育・児童学と、いずれも関連分野での複合化が進んだ時期である。また、上位3位の分野はいずれも半数以上が新増設による新規設置であり、新設学科がマーケットを牽引した様子が分かる。2015-2018年は逆に、新増設の比率が低い。既存の学科として存在していたものが、時代のニーズ変化に呼応して注目されたと言える。「情報」という名称が急に増加していることも注目される。そして、2019-2021年である。この時期の特徴として、特にエンジニアリングの分野で、技術革新を受けての動きと見られる分野の多さが挙げられよう。上位10位の中で、電子工学・情報工学は4つ、電気工学・通信工学は3つの領域で複合していることからも、テクノロジーの進化に応じた学問領域に注目が集まっている様子が分かる。また、引き続き新増設が牽引していないことも注目だ。2015年以来の動きとして、既存分野における複合的な展開により志願者が大きく動いていると言える。こうした分野を持っていながら募集が不調な場合は、学科の学びが時代に応じた展開になっているか、広報は受験生の志向に応じてアップデートされているか等を確認する必要がありそうだ。

 図表6は、昨今の社会情勢を背景に設置検討が多い複合トレンドを「メガトレンド」としてピックアップしたグラフである。①データサイエンス、⑥グローバルのように、グラフの縦方向(志願者)の増加は大きいが横方向(定員)の増加が少ない領域は、設置状況に対して志願者数が多く集まっており、新規設置に伴って志願者が集まる可能性を有していると言える。ただし、近年の新増設状況では同じ分野でも志願倍率3倍~20倍程度と開きがあり、実際に集まるかどうかは個別事情によるところが大きい。また、コロナ禍の2年間で志願者推移には陰りが見られ、この状況がいつまで続くかは今のところ未知数だ。また、⑥グローバルは現状この系統の学部・学科を新たに設置するよりも、既存の学部・学科の教育内容をグローバルにしていく動きのほうが盛んであり、系統で切り取った志願者トレンドだけで状況を考察することは難しい。


図表6 メガトレンド分野の学科サイクル


3章:新増設のマーケットトレンド

 最後に、新増設・改組のマーケットについて見ていきたい。図表7は、2000年以降の認可・届出件数と志願倍率の推移を示している。周知の通り、2004年の届出制導入により認可・届出件数は増加し、全体の8割を届出が占める。届出制は認可申請に比べて申請負荷が低いことから、学部・学科の新陳代謝を促進した一方で、昨今の大学設置分科会からは「準備不足や安易な申請が目立つ」といった指摘もある。2016年度開設分からは審査スケジュールが従来よりも前倒しになり、2018年度には専門職大学・短期大学制度も始まったが、その認可率の低さから厳格化モードが一層強まった。コロナ禍と入試改革による影響が同時に表面化した2021・2022年度は申請数も低水準であり、大きな改革を動かすには難局であったことが窺える。


図表7 私立大学 新増設の概況


 折れ線で示した志願倍率を見ると、大きく上昇する年は大規模校の新増設に伴うもので、下降する年も個別の理由があろうが、概ね5.0~10.0倍の幅で推移しており、受験生は新しい学部・学科を好意的に見ているようである。

 次に、人気のある分野について見ておきたい。図表8・9は、単独分野・複合分野それぞれにおいて、新増設の累計設置数(2008-2021)を多い順にランキングにしたものである。単独分野では医療系が上位3位を占める。長らく看護学が他を圧倒する設置数だったが、高齢化に伴う健康寿命への注目の高まりも背景に、ここ3年でリハビリテーション学が急増している。4位以下の学科系統では毎年の設置数が2桁に届く分野がないことからも、医療系の人気と追随する大学の多さが見て取れる。

 複合分野を見ると、1位教育学×保育・児童学、2位スポーツ学×健康科学、3位栄養・食物学×健康科学と、隣接分野での改組が目立つ。また、前述した高齢化を背景に多様化する健康科学、テクノロジーの進化に伴い人材ニーズが高い情報関連分野、ロボティクスやモビリティ等を包含するシステム・制御工学といったトレンド分野も散見される。こうした分野は今後も志願ニーズが高い状態が続くことが予想される。


図表8 単独分野の新増設・合計設置数ランキング(2008-2021年)



図表9 複合分野の新増設・合計設置数ランキング(2008-2021年)



(編集部 鹿島 梓)


【印刷用記事】
学部・学科トレンド データ集