【ダイバーシティの今】③大学のダイバーシティの最前線/事例report  宮城学院女子大学

「自己申告」を求めないトランスジェンダー学生の受け入れを実施

 国内の女子大学において、戸籍上男性であっても性自認が女性のトランスジェンダー(TG)学生を受け入れる動きがある。2021年4月より国内の私立女子大学で初めてTG女性の受け入れを実施している宮城学院女子大学の「性の多様性と人権」委員会座長 木野和代氏に受け入れ実現までの課題や、診断書の提出や自己申告を求めない受け入れを行っている理由などを伺った。


POINT
  • トランスジェンダーの学生受け入れに向け、関係者との対話を重視
  • 最大の論点は「女性であることの確認の有無」と「性自認のゆらぎ」
  • 教職員・学生共に「共生」の学びを継続しつつ、取り組みを進める


宮城学院女子大学 木野和代氏

宮城学院女子大学
「性の多様性と人権」委員会 座長
(学生部長/学芸学部教授)
木野和代氏




建学の精神に基づく「共生のための多様性宣言」に則り、受け入れを進めた

 1886年の創立以来、キリスト教主義に基づいて女子教育を続けてきた学校法人宮城学院を母体とする宮城学院女子大学(宮城県仙台市)。同大学では、2021年4月に学部でのトランスジェンダー(TG)女性の受け入れを開始した。

 同大学がTG学生の受け入れを表明したのは2019年9月。国内ではお茶の水女子大学、奈良女子大学に続いて3校目、私立では初めてだった。記者会見では、当時の学長・平川 新氏が「共生のための多様性宣言」を公表し、この宣言に基づいてTG学生を受け入れることを表明。「女子大学として流動的な意味を含む女性全てを守り、自分らしく生きられるよう背中を押すのが本学の使命」と説明した。

 宮城学院女子大学でTG学生受け入れの検討が始まったのは2017年8月。同大学にはそれまでにも戸籍上は女性のTG学生が在籍していた経緯があり、副学長、学生部長、学生相談・特別支援センター、キャリア支援部、家族社会学・女性学担当教員などがチームとなって当該学生に対するサポートを行うとともに、在学生の理解促進のためにカリキュラムのなかで性の多様性について教えるなど土壌があった。

 「こうしたなか、日本女子大学がTG女性受け入れの検討を表明する(2017年3月)など気運の高まりを受けて、本学でも2017年8月に検討委員会が立ち上げられ、受け入れない理由はないとの見解で一致。2018年9月には、多様性を視野に入れたキャンパスづくりを検討するために『性の多様性と人権』委員会が発足しました。当時の副学長が座長を務め、入試部、教務部、学生部、キャリア支援部、宗教部、学生相談担当、特別支援担当からなる組織で、メンバー構成は学長の指名によるものだったと聞いています」と2023年4月より「性の多様性と人権」委員会の座長を務める木野和代氏は話す。

 「委員会では『多様な学生一人ひとりにとって居心地の良いキャンパスを』という点で見解が一致。建学の精神に基づき本学がこれまでも大切にしてきた『共生』をさらに推し進めるために、すべての学生の多様性と尊厳・人権を尊重し、TG学生の受け入れを進めていく方針が固められました」と木野氏。2019年3月に教授会で「共生のための多様性宣言」の表明と2021年度からのTG学生受け入れが承認され、半年後に学外に公表された。

トランスジェンダーの学生受け入れに向け、関係者との対話を重視

 「性の多様性と人権」検討委員会発足から受け入れ公表まで約2年。表1はそのプロセスを示したものである。


(表1)トランスジェンダー学生受け入れ表明までのプロセス


 受け入れ公表までには、学生や教職員を対象とした説明会を3回、職員のみの懇談会を1回実施。学生にはインターネットでのアンケートも実施し、ほとんどが賛成だったものの、少数ながら、「女子大だから入学したのに」という声や、「反対ではないが、十分な受け入れ体制が整わないなかで迎え入れると、むしろTG学生を傷つけることになるのでは」という意見もあった。

 「こうした声には学友会の総会で学生部長が一つひとつフィードバックし、『性自認が女性である人も、私たちと同じ女性であり、女子大学だからこそ、学ぶ意欲のある全ての女性に門戸を開く』ということを説明しました。また、卒業生に対しては、副学長をはじめ委員会メンバーが同窓会定例理事会で説明を行い、大きな反対の声はなかったと聞いています。全体的に関係者のまなざしは温かく、これは宮城学院のスクール・モットー(「神を畏れ、隣人を愛する」)に対する理解の表れでもあると感じています」。

最大の論点は「女性であることの確認の有無」と「性自認のゆらぎ」

 入試関連事項や、ガイドラインの作成など具体的な受け入れ体制の整備は、受け入れ表明後に進め、大きな論点は2つだった。1つ目は、入試の出願や入学の際に「性自認が女性であることを確認するかどうか」である。宮城学院女子大学では医師の診断書の提出や、TGであるという自己申告を求めていない。

 「WHOの疾病分類が改訂され、性同一障害が精神疾患から外されることになったことを受け、診断書の提出を求めるのはそぐわないと考えました。また、自己申告については本学のスクールポリシーや『共生のための多様性宣言』の精神に照らし、ほかの学生に求めていないことをTG学生にだけ求めるのは理に適わないと判断しました」と木野氏は説明する。

 もう1つは、「在学中に性自認が変化した学生への対応」だ。様々な先行研究から性自認は揺らぐことがあって当然とされており、「女性として生きたいと思ったが、途中で変わる」ということも起こり得る。

 「性自認のゆらぎは本人の意思でコントロールできるものではなく、委員会では『入学時に受け入れたら、卒業まで学びを支援するのは当たり前』という見解で一致しました。ただ、学内だけでは判断の難しい問題でしたので、複数の顧問弁護士に相談したところ、入学後に性自認が揺らいだ学生の在籍を認めることは『学習権の保障』に当たり、法的観点からも何ら問題がないことが確認できました」。

 先行して受け入れを表明した大学において、「性自認が女性であることを確認しない」という前例がなかったこともあり、自然な反応として、学内では “なりすまし”を懸念する声も大きかった。

 「何度も議論を重ね、『自らの人生をかけてTGを装う学生が現れる可能性は低く、万が一学則に反する行為が認められた場合には、ほかの学生と同様にその行為自体への対処をする』という結論が導き出されました。認識の共有に時間はかかりましたが、議論と説明を繰り返し、概ね理解を得られました。現時点で学内から不安の声は上がってきていません」。

教職員・学生共に「共生」の学びを継続しつつ、取り組みを進める

 2021年4月からのTG学生受け入れ後、2023年4月からは大学院でも受け入れを始めた。入学者の有無は公表していない。入学時に自己申告を強制しないことによって、TG学生が必要な支援を受けられないことのないよう、情報発信は細やかに行うよう努めている。個別の相談や合理的配慮については入試段階から高校の先生を含めて広く知らせ、入学後は、ガイドラインに学内の相談窓口を相談内容別に明記。また、アライ(LGBTQ+の当事者と連携・支援する人を意味する)を表明した教職員には「アライマーク」(図1)を身につけてもらうことで相談しやすい環境をつくるとともに、必要な時にはいつでも相談するよう呼びかけている。

 「LGBT理解促進法」が2023年6月に施行されるなど性自認や性的指向の多様化に向けての関心は高まりつつあるが、社会全体に理解が浸透しているとは言えない。「私たちも専門家の方々や他大学のお話を伺うなど多方面から学びながら取り組みを進めてきました」と木野氏。海外の専門家を講師に迎えた、教職員と学生が共に学べるオンライン学習会の開催など、現在も“学び”は進行中だ。

 「TG学生の受け入れは、隣人愛に立ってすべての人の人格を尊重するという建学の精神に基づくこれまでの教育活動を踏まえて、さらなる共生社会を目指すもの。マイノリティとしての女性の学習機会を保障するために生まれたという女子大学の社会的使命を考えると、TG女性を受け入れることは自然な流れでした。今後はTG女性ならではのキャリア相談への対応も必要性が高くなることが考えられ、そういった場面では、企業や社会との連携のあり方も問われます。現在キャンパス内に8カ所ある『みんなのトイレ(RESTROOM for ALL)』の数や使いやすさを見直すなど、TG学生はもとより、すべての学生にとって居心地のいい環境をハード面で追求することも重要な課題。一つひとつに丁寧に向き合っていきたいと考えています」。


(図1)学生が考案した「アライマーク」

アライマークは特別支援室のピアサポーター(学生)がキャンパスのシンボルであるピアノ池をモチーフに考案した。
この他に、性的マイノリティについての理解促進・支援を目的とした学生自主活動団体「にじいろプロジェクト」も学内外で活動している。
同団体は2018年4月に発足し、「性の多様性と人権」委員会の取り組みと並行して活動を行ってきた。



(取材・文/泉 彩子)