米国大学への長期派遣で次世代リーダーを養成/福岡工業大学

 FDにやや遅れ大学職員の能力開発であるSDも、大学改革の重要なテーマになりつつある。教員の下支え的な日常業務をこなすだけでなく、大学が生き残っていくための戦略を考え、それを実施する能力が職員にも求められるようになった。大学を「運営」するだけでなく「経営」していく時代においては、職員こそが経営の役割を担っていかねばならない。そのために、職員に対してどのような研修を実施するか、各大学の工夫はFD以上にバラエティに富んでいる。

 ここで紹介する福岡工業大学も、「OJT」という職場における仕事を通じての研修、「階層別研修」という職位に応じた昇格時研修、「能力開発」という職位に関係なく大学外に派遣する形態の研修等の職員研修を行っているが、とりわけユニークなのがFASTプログラムという海外派遣研修である。いや、海外派遣研修というだけでは、多くの大学がすでに実施しており、別段珍しくもない。このFASTプログラムが、なぜユニークなのか、その方式を紹介することから始めよう。

ユニークなFASTプログラム

 FASTプログラムのFASTとは、FIT Administration Staff Trainingの略語、FITは福岡工業大学(Fukuoka Institute of Technology)を指している。2009年から3カ年の計画で、福岡工業大学の職員をカリフォルニア州立大学イーストベイ校(CSUEB)へ派遣するものである。

 その鍵となるコンセプトは、図表1にあるように、イーストベイ校における特別プログラムを研修として、それを実際の業務に適用できるようにすることとともに、イーストベイ校においても福岡工業大学においても大学経営における問題点を共有することにある。単に、学ぶだけでなく、問題の共有化を図ることで今後の対話が成り立つと考えている。2009年をホップとし、順次ステップ、ジャンプとして3カ年度の計画が発展する予定である。


図表1 FAST Program Key Concept


 この特徴の第1は、2カ月という長期の派遣期間と、約70名の職員のうち、年間の派遣人数が約15名にものぼることにある。30~45歳の中堅職員をコア・メンバーとして3~4名を選抜して1チームとし、年間に4チームが順次3年間継続して派遣される。

 第2は、密度の濃い研修内容にある。研修は、レクチャーとシャドウィングから構成されている。レクチャーとは、イーストベイ校の副学長クラスの上級管理職層によって行われる、アメリカの大学経営のビジョンに関する講義である。また、日本側からの、アメリカの大学の職員に対する英語のプレゼンテーションも含まれる。シャドウィングとは、チームのうちの1名が、イーストベイ校のカウンターパートとなる職員の日常業務に付き添い、その仕事の内容、意思決定の仕組み、タイム・マネジメントなどを観察することである。この1名は他のチームメンバーに、観察したことをプレゼンテーションする。シャドウィングに参加しないメンバーは、指定された経営学関連の論文を読み、原理的な知識を獲得することが課題とされている。レクチャー、シャドウィング、論文の講読の後には、チームでのディスカッションが重ねられ、それぞれ得たことが共有される仕組みとなっている。

 第3は、派遣前の準備が周到になされていることである。派遣が決まった職員は、事前に、日常の仕事で感じる疑問から大学のあり方に関する思いまで、「100の質問」のリストを作成することが課せられる。4名のチームであれば単純計算して400の質問を共有することになる。質問を作成することで、派遣によって何を得ようとするかという個人の意識を高めるとともに、派遣チームはあえて年齢、職階、職務が重ならないように編成されるため、日常での接触頻度が必ずしも多くないメンバーが何を考えているのかを相互に知る機会となる。このリストはイーストベイ校とも共有され、プログラムの具体的内容を決定するにあたって利用される。

 また、チームには、それぞれ課題が与えられる。図表2に示したように、Branding(入学・編入学者の特性分析、ステーク・ホルダーへのアプローチ、大学の個性の再構築などの手法の獲得)、Academic Plan(ガバナンス、新規プロジェクトの実行プロセスなどの学習)、Student Services(FDや教員評価の現状など教育改善システムの事態把握)、External Relationship(大学と地域との連携、スポンサーシップ制度などの学習)の4つであり、4つのチームにどれかが割り当てられ、福岡工業大学の戦略的な大学経営のための礎(BASE)となることが期待されている。チームはこの課題を抱えて渡米し、その課題を中心に研修が実施される。ただ、その課題に限定した研修内容ではなく、課題をもとにアメリカの大学経営の実態を広く見てくることが求められている。

 海外研修を物見遊山や武者修行に終わらせない、きわめて綿密に練られたプログラムである。


図表2 FAST Program Training Focus Field


中堅層からの改革を促進

 この研修に関してはすべての費用を大学が負担している。派遣者の渡航やアメリカでの生活にかかる費用はもちろんのこと、職員の抜けた穴を埋めるための業務負担増も発生する。そうまでしてこうした研修を実施するねらいは、どこにあるのだろうか。それに関しては、大きく3つにまとめることができるだろう。

 第1は、トップダウンでもボトムアップでもなく、中堅層から改革の波を起こすことにある。このことはミドル・エクスパンションと表現されている。トップダウンとボトムアップの狭間にある中堅層は、職域の専門化が進むことにより、横のつながりが希薄になりつつあるという。そこで、再度、中堅層のコミュニティを構築することにねらいがあるという。なぜなら、中堅層は大学経営を担う次世代リーダーであり、リーダーには大学の職務全体を俯瞰し、職務の異なる職員との連帯を図る資質が求められるからである。

 そのためには、従来の職位ごとの階層別研修や部門別の縦割りの研修に加えて、職務を異にする者をチームとし、日常の業務からいったん離れ、海外で共同生活を送りながらの研修が効果的との判断に至った。

 第2は、大学のステーク・ホルダーに対して情報発信ができる職員を育成することにある。経営に責任をもつということは、教員、学生、その保護者はもちろんのこと、大学外部の企業や地域住民に対して、大学を説明し理解を得ねばならない。そのためには、何よりもコミュニケーション能力が必要である。それを培うために、あえて母語ではない英語という言語環境のなかに置くことは意味があるという。

 それは、英語の上達をいうのではない。渡米前に2カ月間の英語研修を実施しているが、それでもって英語での生活に支障がなくなるわけではないし、2カ月の滞在経験でもって英語で仕事ができるほどにはならない。むしろ、きわめて限られた英語能力をもとに、何を聞き何を伝えるのか的を絞って考えねばならない。こうした異言語との格闘のなかで獲得されるものを、コミュニケーション能力として期待されているのである。

 第3は、大学職員の専門性を知ることにある。アメリカの大学職員には博士号取得者が多く、上級管理職層などには教員出身者も多い。もちろん、日本でも大学職員の専門職化は進んでいるものの、大学院において体系的な専門教育を受けている者は少ない。したがって、そうした組織に身を置くことで、専門職とは何か、自分たちはさらに何を学ぶ必要があるのか、どの方向に成長することが求められるのかなどを、観察し感じるという自己啓発もねらいのひとつとされている。

 これらの目的を総合すれば、海外の大学という場を借りて、これまでやってきた仕事に揺さぶりをかけて振り返りの機会とし、大学職員としてのあり方や、福岡工業大学の経営についての意識化を図るということになるのだろう。

姉妹校とファシリテーターの存在

 こうした密度の濃い海外研修ができるのも、福岡工業大学とイーストベイ校との大学間連携があってのことである。両校は2001年に姉妹校の協定を締結しており、それ以来、教員や学生の派遣を実施している。また、2003年には、部長クラスの職員1名がイーストベイ校の理事会に1年間派遣され、シャドウィングをしたという経験もある。イーストベイ校のモー総長やリチャード理事長と、福岡工業大学の理事長とは以前から親交があり、今回の職員研修のプログラムもその延長上において、総長の意思決定のもとトップダウンで始まったという経緯がある。大学の抱える課題に共通点があったことも、職員の研修先としては適切であった。

 プログラム活性化のためのファシリテーターの役割を果たしているのが、理事長付特別アドバイザー、カリフォルニア事務所所長の肩書きをもつ米田達郎氏の活躍である。ビジネス・コンサルタントとしてのキャリア、サンフランシスコベイエリアにおける起業経験をもつ米田氏は、2009年にこの研修アドバイザーに就任し、研修プログラムの立ち上げから開始後の運営を一手に引き受けている。派遣される職員は一軒家で自炊をしながら共同生活を送るが、米田氏は、その生活のサポートに始まり、レクチャーやシャドウィングの通訳と解説、講読文献の選択、職員のディスカッションのコメンテーターなど多面的な役割を引き受けられている。こうした活動があって、プログラムの円滑な遂行が図られている。

 米田氏によれば、職員は海外生活に苦労しつつも2カ月で驚くほど変化するそうである。チームメンバーはそれぞれに気づきを得て、物事を論理的に考え、論理的に話す力がついてくるという。渡米直後に垣間見られた、遠いアメリカの大学のこと、日本とは異なる世界のことという感覚がなくなり、次第に、アメリカの大学では何をどのように考えてそのような仕事のやり方をしているのか、日本とは何が違うのか、といった点に考えが及ぶようになり、これまでの仕事を振り返るようになるという。また、アメリカ滞在中は、日本の他大学からカリフォルニアのベイエリアに来ている職員との交流の機会も設けられており、そこで日本の大学間の比較、日本とアメリカの大学の比較をしつつ視野が拡大していくと語られる。

 派遣された職員は、当初は、戸惑いがあり右往左往もしたが、チームメンバーに助けられてサバイバルして帰ってきたと語っている。メンバーに助けられて共同生活を送ったことでメンバー間の連帯感は高まり、後々の自信になっていくのであろう。

職員だけでなく教員派遣も検討

 おおむね肯定的な評価がなされているFASTプログラムであるが、米田氏が苦労しているのは、適切なシャドウィングのカウンターパート探しであるという。派遣される職員の職務に関連する領域で仕事をし、かつ、派遣者よりも1ランク上の職位にあるカウンターパートであることが望ましい。なぜなら、派遣された者にとっては、将来自分がとるべき道の先達になるからである。イーストベイ校側にしてみれば、日常業務に加えて日本から派遣された職員への対応は負荷となることはいうまでもない。そのあたりを勘案してカウンターパートを探し、事前にカウンターパートと充分な調整をすることに、多くの時間を割いているという。

 3年計画で始まったFASTプログラムは、今のところ延長の予定はない。しかしながら、今後の研修に関しては、教員と職員との垣根を低くし流動性を高め、教職協働を進めることにあると、経営幹部層は考えている。ここ10年の改革においても教職協働はモットーとして掲げられ、学長の諮問機関として、学部長、研究科長などの教学サイドと各事務部長が構成メンバーである運営協議会が設置され、教員と職員とが一体となって大学経営に従事する方式が採用されている。それをさらに進めていくために、研修における教員と職員双方の参加は、お互いを知るという点ではひとつのあり方だろう。その試みとして、現在派遣されているチームには、助教が1名参加している。ただ、教員と職員の専門性や職務内容の大きな違いがあるなかで、どのような研修が望ましいのか、まだまだ検討の余地はあろう。

再生から挑戦へ

 ここまで思い切った海外研修を実施するに至ったのも、福岡工業大学は過去に志願者、入学者の急激な減少に陥った苦い経験から再生したことを踏まえ、大学を支えていくためには教員も職員も全員が参加し、とりわけ大学職員は経営のプロとして育成することが必要だと強く認識するに至ったからだと、常務理事の大谷忠彦氏は語る。大谷氏をはじめ、現在の経営幹部層は民間企業からの転職者が多い。そうした人々を加え、福岡工業大学はここ10年の改革を経て、志願者、入学者の減少傾向から脱することができた。

 問題は、現在の経営幹部層がそろそろ定年に差し掛かっていることである。この層が大学を去った後、次にリーダーとなるのは、現在の課長、係長といった中堅層である。将来を見据えて、職員研修には充分な「投資」をすることで事態に対処しようと考えたのだという。これも民間企業出身者ならではの発想だろう。次世代リーダーの育成という、このプログラムの第1のねらいの背後には、このような過去の教訓があったのである。

 大谷氏は、大学に来た当初、大学の職員は異業種の人々とのつきあい、異なる環境下に置かれることが少ないこと、また、民間企業では当然であった、人材育成に投資するという考え方が、大学では希薄なことに驚くとともに、大学改革において、職員を長い目で育成することの重要性を実感したという。さらに、この研修は、ものの考え方、見方、情報発信の仕方、相手の受け止め方などのベースを作り、職員が自信をつけることを目指しているのであり、必ずしも即座に現れる効果をねらったものではないという。1チームの研修期間は2カ月でも、それを3年間継続することで、職員全体への波及効果は大きいと予想されている。

 もちろん、派遣チームからは帰国後に各種の改革の提案がなされ、例えば、学生のためには、教務、学生、国際交流などを1つにまとめたワンストップ・サービスの提案がなされている。しかし、こうした改革だけでなく、時間をかけて大学全体を考えていく素地が職員間にできることに期待をかけているという。いわば、全員が大学経営に参加しているという風土や文化を作るための、ひとつのプロセスとしてこの研修は位置づけられている。

 これらの言葉からは、経営とはシステムだけではなく、個々人がどれだけの力をもつかによるものであり、そのためには人に力をつけることが第一という、福岡工業大学の経営理念が見えてくる。人材育成への投資は、大学のさらなる発展に向けての挑戦なのである。


(吉田 文 早稲田大学教授)


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