全学の教育改革推進の核となる3ポリシーの見直し/愛媛大学

愛媛大学キャンパス


 愛媛大学は、「学生中心の大学」を大学全体の理念に掲げ、教育改革やFDの先駆的な取り組みで既に全国的に高い評価を得ている大学である。アドミッションポリシー(AP)、カリキュラムポリシー(CP)、ディプロマポリシー(DP)の3つのポリシーの策定にも、先駆的に取り組んできた。教育改革のモデルとされる大学のひとつである愛媛大学が、3つのポリシーをどのように制定し、どのように見直しているのかは、多くの大学にとって、この課題を具体的に考えるための参考となるだろう。本稿では、愛媛大学が、どのようなプロセスと課題意識から3つのポリシーを検討してきたのか、そのポイントをみていきたい。

教育コーディネーター制度と教育・学生支援機構

 愛媛大学の教育改革は、「教育コーディネーター制度」と「教育・学生支援機構」の2つの特徴的な制度によって推進されてきた。3つのポリシーの策定と見直しも、この仕組みが中心となって進められている。まずは愛媛大学の教育改革を推進してきたこれらの仕組みを確認しておこう。

 2006年から実施されている「教育コーディネーター制度」は、各学部・学科等の教育方針の立案、カリキュラム編成、教育内容の改善等の活動に中核的な役割を担う教育重点型教員を、学部長の推薦をもとに学長が、教育コーディネーターとして指名する仕組みである。学科・教育コース等カリキュラム単位に最低1名は配置され、各カリキュラムの教育改革に中心的役割を果たす。現在、全学で65名程度が指名されている。さらに、各学部の教育コーディネーターのうち、副学部長クラスの教員が、全学の教育改革方針と学部運営をつなぐ役割を担う統括教育コーディネーターに指名される。教育コーディネーターの標準任期は4年とされ、従来の教務委員会から教育コーディネーター制度に代えることで、教育重視の姿勢が実質化された。この教育コーディネーターには、教育改革の全学的方向性を共有することを目的とした「教育コーディネーター研修会」が毎年4~5回行われている。この研修会を通じて全学の教育改革・改善が各学部・学科の具体的な教育実践とつながり、個々のカリキュラム単位、授業単位の取り組みに実質化されるのである。

 この研修会には毎年度テーマが設定されている。2007年度に「学士課程の体系化~DP・CP・APの策定と一貫性構築~」として3つのポリシーをテーマとして行い、この研修会を通じて2007年度に各学部・学科の3つのポリシーが設定された。この教育コーディネーター制度、教育コーディネーター研修会を企画運営する組織が、教育・学生支援機構である。

 教育・学生支援機構は、「愛媛大学の教育理念と目標に沿い、教育の充実及び学生の修学支援等の強化を図り、これらに伴う諸課題に対処し、迅速で効率的な意思決定を行うことを目的」に設置されている全学的教育改革の推進組織である。学長・役員会の直下に位置づけられており、教育担当理事が機構長を務める。同機構は、共通教育センターやアドミッションセンター等5つのセンターと教育企画室とで構成され、さらに審議機関として教育・学生支援会議がおかれている。その中でも、教育改革を推進する中心的組織が、「教育企画室」と「教育・学生支援会議」である(図表1)。

図表1 教育改革の推進体制

 教育企画室は、機構長直属の教員組織として、FD/SD/教学IRの研究と実践を行うとともに、学内の教育企画を先導する役割が与えられている。例えるならば、この教育企画室は、愛媛大学の教育改革のエンジンとして、学長と教育担当理事の教学ガバナンスを支える役割といえよう。また、教育企画室は、2010年3月に、文部科学大臣から教育関係共同利用拠点の認定を受け、「四国地区大学教職員能力開発ネットワーク(SPOD)」を運営するとともに、FDやSDを全国的に推進する役割を果たしていることでも知られている。

大橋裕一 学長

 他方、「教育・学生支援会議」は、機構長や各センター長のほか、各学部の統括教育コーディネーターが委員となる教育・学生支援機構の意思決定組織である。この教育・学生支援会議での決定事項は、役員会や教育研究評議会に提起されるため、実質的な全学的な教育改革の決定機関となっている。この教育・学生支援会議は月2回開催され、統括教育コーディネーターが加わっていることから、各学部との実質的な調整もこの会議を通じて進められている。さらに、教育・学生支援会議で正式に議題としてとりあげる前に、教育コーディネーター研修会等で具体的な検討が行われることもあり、各学部・学科のカリキュラム運営単位への議論は共有されている。つまり、教育コーディネーター研修会と教育・

 学生支援会議を通じて、全学の教育改革の方針は、各学部・学科に具体的・実質的に共有される体制となっているのである。「教育・学生支援機構と教育コーディネーターによって、学部横断的な議論を行うことで、情報の流通が良くなり、全学的な議論が行いやすくなっている」と大橋学長は話す。

愛大学生コンピテンシーと3つのポリシー

 愛媛大学は、2007年度に各学部・学科の3つのポリシーを定めた。これは、中央教育審議会が各大学に3つのポリシーの一体的な策定を求めた「学士課程答申」(2008年12月)よりも早く、先駆的な取り組みであった。この背景には、2004年の法人化を背景に、2005年度に定めた「愛媛大学憲章」を実現するための教育システムを構築するため、教育に関するポリシーを一貫的に整備することを目指すとともに、同時期に制度化された機関別認証評価に対応することの2つの目的があったとされている。教育コーディネーター研修会を通じて、各学部・学科の3つのポリシーを策定し、2008年にはそれを公表している。

 2007年度の3つのポリシーの策定後は、「3つのポリシーの進化(深化)と内部質保証」として、カリキュラムの一貫性・体系化を重視した教育改善に力をいれてきた。教育コーディネーター研修会のテーマは、「カリキュラムマップの作成」(2008年度)、「カリキュラムアセスメントと単位の実質化」(2009年度)、「PDCAサイクルと単位制度の実質化」(2010年度)となっている。カリキュラムアセスメント・チェックリストを作成し、各学部・学科の現実のカリキュラムと授業科目が、DP、CPにどのように対応しているか、アセスメントを行ってきた。

図表2 愛媛大学における学士課程教育の概念図、図表3 愛媛大学学生として期待される能力(愛大学生コンピテンシー)

 2010年度からは、教育コーディネーター研修会を通じて、各学部・学科の自己評価とピア評価によってディプロマポリシーの妥当性の検証を行っている。DPの要素に対して、どの科目が対応しているかを検証し、カリキュラム・チェックリストとしてリストアップすることで、ディプロマポリシーの達成の可視化が進められた。カリキュラムの体系化を実質化することで、ディプロマポリシーを達成していることを保証するという意図がそこにはあったという。そして、アセスメントポリシーとして、教学IRの位置づけを明確にするために「教学アセスメントポリシー」を2015年に策定し、卒業予定者アンケートを実施する等、その検証にも取り組んできた。

 他方、学部・学科の3つのポリシーの策定以降、大学全体の教育のあり方に対しては、個々の学部を超えた愛媛大学の学生に期待される能力を示した「愛媛大学学生として期待される能力~愛大学生コンピテンシー~」の策定(2012年)と、全学的な学士課程の3つのポリシーの策定(2015年)が進められた(図表2)。前者は、「大学憲章」の教育の内容では、正課のみでなく、準正課、正課外活動を含めた人間形成を図ることが掲げられていたことを背景に、その内容を具現化するために、大学として学士課程卒業時に習得を期待する到達目標を可視化して学生に提示することを目的に作成されたものである。5つの能力と12の具体的な力によって構成されている(図表3)。

 その内容には、一般的な能力項目だけでなく、四国遍路にヒントを得た「お接待の心」等、「愛大らしさ」を含めることに配慮されている。さらに、この「愛大学生コンピテンシー」の特徴は、能力項目を具体的に示しただけなく、大学教育・大学生活を正課内(卒業するために必要な授業科目や研究活動)、準正課(卒業要件には含まれないボランティア活動、留学、下級生への学習支援活動等)、正課外(サークル活動等)に区分し、その能力形成の機会を提供する責任を大学の目標と位置づけている。愛媛大学では、これを大学としての方向目標と称している。

 「全学的な学士課程の3つのポリシー」は、大学憲章と学部・学科の3つのポリシーをつなぐことを目的に作成されたものである。これによって、愛媛大学では、教育・研究・社会活動全体のあり方を定めた「大学憲章」、卒業時の到達目標と大学教育の方向性を示した「愛大学生コンピテンシー」、大学全体の3つのポリシー、学部・学科の3つのポリシーが整備されたこととなる。

3つのポリシーの見直しの2つの背景

 愛媛大学では、2007年度に策定した学部・学科の3つのポリシーに対して、見直しと検証が進められてきた。現在、今年度末までに、全学のポリシーと学部・学科のポリシーを見直すための検討が進められている。この見直し作業には2つの背景がある。一つは、高大接続改革への対応である。

 2014年に中央教育審議会から高大接続答申が出され、「学力の3要素」に基づく新しい入試改革の方向性が提言された時、「愛媛大のAPがこの学力の3要素を含んでいるかがとても気になった」と弓削教育担当理事は話す。そして、高大接続改革に対応するために、2015年度の教育コーディネーター研修会では、「学力の3要素とAPの実質化」をテーマとし、各学部のAPとDPが学力の3要素を満たしているかどうか確認を進めた。

 具体的には、APで設定していた「(1)知識・理解、(2)思考・判断、(3)興味・関心・意欲、(4)態度、(5)技能・表現」の5つの領域と、「(1)知識・技能、(2)思考力・判断力・表現力、(3)主体性・多様性・協働性」からなる学力の3要素がどのように対応しているか、各学部・学科のAPごとに確認した。さらに、2016年度には、「愛媛大学における入試改革」を教育コーディネーター研修会のテーマとし、高大接続改革で求められている「他面的・総合的な評価」による2020年からの新入試にどのように対応するかを議論している。具体的には、現在の入試において学力の3要素の「(3)主体性・多様性・協働性」をどのような方法で評価し、どの程度の配点が割り振られているか等、「学力の3要素」が各学部の入試の中にどのような配点構造で組み込まれているのかを検証しつつ、愛媛大学を基幹校に2013年に四国の5つの国立大学により設置された四国地区国立大学連合アドミッションセンターが行っている高大接続答申の分析も参考にしながら、今後の入試改革に向けてどのような改革を行うかを検討しているという。そのことはAPの見直しにつながっており、そして、APの見直しに連動して、DP、CPの内容の見直しが行われている。

 3つのポリシーの見直しのもう一つの背景は、大学憲章の改訂にあわせた、大学全体の各種目標・方針の階層性の整理である。愛媛大学では、2015年度に国立大学の第2期中期計画期間が終了することにあわせて、この間の国立大学政策、COC事業・COC+の採択、その他、様々な動向も踏まえて、第3期中期計画の開始に合わせて、大学憲章の見直しを行った。大学憲章の見直しは、その下位に位置づく方針の見直しにつながる。今回の「ガイドライン」を用いた見直しの要請は、愛媛大学にとって、大学憲章、愛大学生コンピテンシー、全学のDP、学部のDPの関係を整理するタイミングと重なったのである。愛大学生コンピテンシーとDPの関係について、「DPは学位授与の方針として全ての学生に保証するものである。一方、愛大学生コンピテンシーはより広く設定しているので自由度が高く、学生によって習得状況にでこぼこがあってもよいと考えている」と小林学長特別補佐は話す。つまり、大学が学生に習得を保証する内容は何か、学生は愛媛大学で何を身につけることができるかを、大学全体として、学部・学科として、再度、整理しているのである。現在取り組んでいる3つのポリシーの見直しでは、これまで作成してきた到達目標やポリシーの階層性を整理し、より分かりやすいチャートに作り直すとともに、学生や進学希望者(高校生)に対し、愛媛大学の教育をより分かりやすく伝えることにつながるように改訂を進めているという(図表2)。

全学の教育改革の一環としての3ポリシーの見直し

 愛媛大学は過去10年間、大学教育改革の先駆的取り組みを積み重ねてきた。現在進められている3つのポリシーの見直しは、高大接続改革という新しい政策への対応を含め、各学部・学科の3つのポリシーの策定後に生じた学内外の環境変化に対応して、これまでの取り組み全体を、体系的に再整理する意味を持っているといえるだろう。教育・学生支援機構と教育コーディネーター制度という、全学の教育改革の推進組織のもとで、高大接続改革3つのポリシーの実質化や見直しが進められる中で、これまでの改革や各種目標の関係が分かりやすく再整理されようとしているのである。

 様々な改革が行われ、大学の理念・目的、建学の精神やコンピテンシー、学部・学科の到達目標等様々な目標が設定されていることは各大学で共通するのではないだろうか。また、これから進められる入試改革に対応していくことも各大学に共通した課題だろう。教育改革に先駆的に取り組んできた愛媛大学が、3つのポリシーの見直しを起点に、全体的な位置づけを見直し、これらの課題に対応している様子は、多くの大学にとって、3つのポリシーの策定や見直し作業で重点を置くべきポイントを考える具体的なヒントになるだろう。

(白川優治 千葉大学准教授)



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