募集力の源泉となる大学ブランド力形成(カレッジマネジメント Vol.212 Sep.-Oct.2018)

ブランド戦略は「消費者志向」から「価値主導型」へ

  企業は、従来よりマーケティング戦略の一環としてブランド戦略に取り組んできた。ブランドとは、製品やサービスの提供、広報など、あらゆる法人の活動全般(事実・経験)によって顧客に認識される、価値や世界観の総和だといわれている。ブランドの語源は、放牧する牛の違いを見分けるために使われていたbrander(焼印)の派生だといわれ、他との差別化・個性化が大きなポイントになることが分かる。さらに近年、マーケティングの神様と呼ばれるフィリップ・コトラーは、著書『マーケティング3.0』の中で物を売り込むだけの「製品中心」が「1.0」、顧客満足を目指す「消費者志向」が「2.0」と定義し、さらに進んだ「3.0」では、単に機能や価格ではなく、「優れたビジョン」に顧客は心を惹かれ、積極的にコミュニティへと参加したいと考える、と記している。製品・サービスが、企業のビジョンを体現したものになることで、顧客の共感を得られる「価値主導型」の戦略となっているのである。つまり、かつては商品・サービスを売るための手段だったブランド戦略は、現在は商品・サービスを販売するための“価値創出の起点”へと位置づけが変化しているのだ。まさに、この「3.0」の考え方は、大学に親和性の高いものではないだろうか。

 大学には、それぞれ独自の建学の精神や教育の理念があり、ミッションがある。そして、それに共感した学生が集まってくる。これが、大学の約束と学生の期待がマッチした「価値の浸透」であり、本来の学生募集のはずである。しかし、これまでは偏差値という絶対的なモノサシがあったため、ミッションや理念に共感して大学を選ぶ学生は、それほど多くなかったように思う。大学側も、18歳人口の増加、進学率の上昇の中で、そこまで理念やミッションを訴求しなくても学生が集まっていたため、意識することが少なかったのではないか。昨今は、大学もブランド戦略に力を入れるようになってきた。その背景には、大学が学生に選ばれる時代になってきていることが背景にある。人口減少だけでなく、年間の退学率は約8万人※といわれ、全入時代における多くのミスマッチが現実に起こっていることも価値主導型のブランド戦略に力を入れる要因である。

ポジティブ・スパイラル(好循環)とネガティブ・スパイラル(悪循環)


 図に示したように、ブランド力を高め、ミッションや理念等、大学の価値に共感した志願者を集めることで、大学におけるポジティブ・スパイラル(好循環)を構築することが重要となってくる。まさに、ブランド力は、学生募集力の源泉ともいえるものなのである。ブランド力が高まり、価値が浸透してくると、理念に共感した志願者が集まってくる。すると、志願倍率が上昇し、アドミッション・ポリシーに合致した学生の選抜が可能になる。すると、入学者の質が高まり、入学後の効率的な教育投資が行えるようになる。すると、教育の質が向上し、卒業生の評価が高まり、学生・教職員の満足度も高まり、さらにブランド力が向上する。これがポジティブ・スパイラル(好循環)である。一方、ブランド力低下により、価値が認知されないと、理念に共感した志願者は集まらず、偏差値輪切りの中で滑り止めの大学と位置づけられる。すると、志願倍率は低下し、選抜ができなくなり、入学者の質が低下して受け入れ時のパワーがかかり、効率的な教育投資が難しくなる。すると、教育の質が低下し、卒業生の評価も得られずに、学生・教職員の満足度が低下し、さらにブランド力が低下する。これがネガティブ・スパイラル(悪循環)である。

 図にすると、分かりやすい構図ではあるが、一度ネガティブ・スパイラルに入ると、ポジティブ・スパイラルに転換するのに、非常に大きなパワーがかかる。さらに、私立大学研究ブランディング事業等、政府も大学の個性化を後押しする補助事業を導入しており、これによって教育投資に差がつくことになり、格差はさらに大きくなるであろう。これまで、様々な大学を見てきているが、ブランドを確立するには10 年程度の時間がかかると考えられる。気づいたときには、戦略の有無によって、大きな差がついてしまっていることになりかねない。リクルート「進学ブランド調査」では、一部の大学にイメージや志願が集中しており、多くの大学が認知もされずイメージも持たれていないことがわかっている。本学は何を価値として、社会に浸透させていくのか、どのようなメッセージを発信していくのか、そのメッセージに入学者選抜や教育の仕組み、学部学科のラインナップは合致しているか、教職員・学生に共有できているか、今からでも遅くない、大学にはブランド戦略が必要である。

 

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リクルート進学総研所長・カレッジマネジメント編集長

小林 浩

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