ダイナミック・アジアⅡ(3)21世紀の「教育強国」を目指す中国の高等教育戦略 黒田千晴

写真 復旦大学キャンパス
復旦大学


 2010年、中華人民共和国(以下、中国)(※1)は、国内総生産(GDP)において世界第2位に台頭し、名実共に21世紀の大国としてその存在感を増している。1949年の新中国成立以降、周知の通り中国では共産党政権が国家を主導しており、高等教育政策についても、党の政策方針の下、科学技術の振興、経済発展、国力強化に向けた国家発展戦略の一環として位置づけられている。中国では2010年7月、当時の胡錦濤政権下において、2020年までの教育の展望を描いた「国家中長期教育改革・発展計画要綱(2010-2020)」(以下、要綱)が策定されており、高等教育のより一層の規模の拡大と質の向上、高等教育の構造調整、教育の対外開放の推進等、重点項目が提示されている。2012年11月に共産党総書記、翌2013年国家主席に就任した習近平政権下においては、新たな国家プロジェクト「新シルクロード」・「一帯一路」構想が発表されており、これらを受けて国務院以下、関係部門(外交部、商務部、教育部等)は、本構想の趣旨に沿った新たな高等教育政策を打ち出している。本稿では近年の中国の高等教育の発展状況を概観したうえで、習近平政権下における中国の高等教育戦略について見ていきたい。

世界一流大学の構築に向けた国家プロジェクト

 中国では、1992年の社会主義市場経済体制への移行を機に、社会主義を標榜しつつも資本主義国以上に大胆な市場化が取り入れられ、社会・経済システムの転換に合わせた高等教育改革が進められており、規制緩和による大学の自主権の拡大、高等教育への市場メカニズムの導入、産学連携や国際連携の推奨等が進められてきた。その結果、高等教育の市場化、国際化、大衆化が急速に進展し、特に高等教育機関数及び学生数の双方において著しい量的拡大が達成された。教育部の最新統計によると、2017年5月31日現在、高等教育機関数は2914校に上る。高等教育機関に在籍する総学生数は、2015年の時点で3647万人、1990年にわずか3.4%であった高等教育の「粗就学率」(進学率)は既に40%に達しており、中国は今や世界最大規模の高等教育を擁する国となっている。

図1 全分野での論文数シェアの推移

 改革開放以降、中国では従来の旧ソ連を模範とした高等教育システムを脱却し、主として米国の高等教育システムをモデルとした構造調整が行われた。国立大学への法人格の付与、中華人民共和国高等教育法の制定、学位システムの整備、単位制度の導入等、高等教育制度の整備が行われ、産学連携や国際化を推進し、高等教育の質の向上が図られた。近年、北京大学・清華大学等が各種世界大学ランキングの上位に登場しており、中国の高等教育における国際競争力の向上は目覚しい。高等教育の国際競争力を測る指標として世界大学ランキングを用いることの是非はさておき、図1にあるように、主要国の全分野での論文数シェアの推移を見ても、伸び率において中国が他国を遥かに凌駕している。特に2000年代の論文数シェアの伸びが著しいが、その背景には、中国政府が国家重点大学及び重点学科・専門に集中的に資金を投入し、世界のトップレベルに引き上げる国家プロジェクトを実施してきたことがある。1995年に正式に開始された211プロジェクトは、21 世紀にかけて100校程度の重点大学・重点学科・専門を構築し、教育の質を向上させ、科学研究及び管理運営において、最高水準に到達させることを目標としたものである。また、985プロジェクトは、1998年5月4日北京大学創立100周年記念の式典において、江沢民国家主席(当時)が国家の現代化実現のため、一部の中国の重点大学を世界最高水準に引き上げる必要があると発言したことに端を発したものである。985プロジェクトでは、第一段階として北京大学・清華大学の2大学が選定され、重点的な資金援助を得て教育・研究面の拡充がなされた。その後支援対象校が拡大され、2017年現在39大学が選定されており、なかでも九校連盟(C9、チャイニーズ・アイビーリーグ)(※2)と呼ばれるトップ大学9校に傾斜配分方式で重点的に財政支援が行われている。2015年10月には、習近平政権下でも新たな世界一流大学・一流学科の形成に関する通知が国務院から発布されており(※3)、本通知において2020年までに若干の大学と一部の学科を世界一流ランクに 引き上げること、最終目標として今世紀中に中国を「高等教育強国」とすることが国家目標として提示されている。実現に向けた重点項目として、教員養成、創造性のある人材の育成、科学研究の水準向上、優秀な文化の継承と創造、基礎研究の成果の応用などの5項目が挙げられており、これらを実現するための改革として、高等教育機関に対する党の指導強化、大学内部のガバナンス改革、社会が高等教育の運営に参与するメカニズムの構築、国際交流と連携の推進の5項目が定められている。

国家発展戦略としての高等教育の国際化

図2 国家発展戦略としての中国の高等教育政策

 世界一流大学の構築において特に重視されているのが高等教育の国際化である。高等教育の国際化に関する施策には、自国学生の海外派遣、外国人留学生の受け入れといった人的移動を中心とする伝統的な留学交流に加え、2001年のWTO加盟を機に、カリキュラムの国際化やバイリンガル教育の推奨等、国際通用性を意識した取り組みや中国と外国の教育機関の連携によるトランスナショナル高等教育の推進などの施策が講じられている。さらに近年は、中国語・中国文化を世界に普及することを目的とした孔子学院の世界展開や、中国の大学の海外進出の推奨等、中国語・中国文化・中国の教育をソフト・パワーとして海外に向けて積極的に発信して行く政策がとられている。中国では、これら高等教育の国際化に関する政策全てが経済・外交政策等と密接に関連づけられており、国家発展戦略の一環として推進されている。

 建国以来中国政府は、特に理工系高度人材の育成手段として派遣留学を推奨してきた。1990年代中盤以降は私費留学が急速に拡大し、2016年度の統計では中国人海外留学者総数は54万4500人、うち49万8200人が私費留学者と圧倒的多数を占めているが、中国政府は2007年より、留学終了後の原則帰国が義務づけられている国家公費派遣留学を拡充している。「国家建設高水平大学公派研究生項目」(Postgraduate Study Abroad Program、以下PSAP)と称する派遣留学プロジェクトは、大学院レベルの一流の中国人学生を選抜し、世界の一流大学の一流の指導教授の下に派遣することにより、人材強国の構築を目指すというものである。プロジェクト開始当初の派遣人数は毎年5000人程度であったが、2017年度の派遣定員は9500人、そのうち海外の大学で博士学位取得を目指す学生数は3000人、中国の大学に籍を残しつつ留学先大学で研究に従事し、帰国後は中国の大学で、あるいは海外の大学と中国の大学の双方において学位取得を目指す「連合育成博士大学院生」の派遣定員が6500人となっている。PSAPの枠組みを通して派遣された中国人学生が留学先大学での研究成果を国際共著論文として発表したり、「連合育成博士大学院生」の指導に際し、中国の大学と海外の大学との指導教員間での共同研究につながるといった事例も報告されている。

「一帯一路」構想・シルクロード留学推進計画

 かつて中国は留学交流において、派遣留学者数が受け入れ外国人留学生数を大幅に上回る「輸出超過」の状態であったが、近年留学先として中国を選択する外国人留学生数が急速に増加している。2010年7月の「要綱」策定を受け、教育部は同年「中国留学計画」を正式に発表し、2020年までに延べ50万人の留学生を受け入れるという数値目標を掲げた。目標達成に向けて、留学生対象の教育プログラム(英語を教授言語とするプログラムを含む)の増設、中国政府奨学金の拡充、留学生を対象とした教育サービスの向上等の施策がなされてきた。さらに2016年には、習近平政権下での「新シルクロード」・「一帯一路」構想を受けて、教育部は「シルクロード留学推進計画」を策定し、「一帯一路」構想の関係国を対象とした中国政府奨学金を拡充する等、新政権の経済・外交戦略に沿った留学生政策を打ち出している。教育部の統計によると、2016年度には205の国や地域から44万2773人の外国人留学生が、中国全土の829の高等教育機関や研究機関に在籍している。留学生の出身国上位10カ国は、韓国70540人、米国23838人、タイ23044人、パキスタン18626人、インド18717人、ロシア17971人、インドネシア14714人,カザフスタン13996人、日本13595人、ベトナム10639 人となっているが、2016年の統計で特に注目されるのが「一帯一路」構想の関係国からの留学生の動向である。胡錦濤政権時の2012年との比較において、パキスタン、カザフスタンからの留学生数の増加が著しい。言うまでもなくパキスタンは中国にとって地政学上極めて重要であり、中央アジアの資源国カザフスタンは、中国の中西部の民族問題との兼ね合いからも国益に直結する重要な隣国である。教育部の統計によると、2016年度の中国政府奨学金受給者49022人のうち、奨学金受給者数上位10カ国は、パキスタン、モンゴル、ロシア、ベトナム、タイ、米国、ラオス、韓国、カザフスタン、ネパールとなっている。中国政府奨学金受給者全体に占める「一帯一路」関係国からの留学生の比率は61%、2012年度との比較において、8.4%の増加が見られる。

トランスナショナル高等教育の拡大と海外進出

 近年の国際化動向で注目したい点が2点ある。1つはトランスナショナル高等教育の拡大である。中国におけるトランスナショナル高等教育は、「内外協力による学校運営(中国語名称「中外合作弁学」)」制度により運営されており、中国の教育機関と外国の教育機関による連携により、教育機関・プログラムが設置されている。2013年の教育部発表によると、教育部あるいは省レベルの教育行政部門の認可(及び再審査の結果認可)を受けた内外協力による教育機構及び教育プログラムは1979件、在学生は約55万人、内高等教育段階の在籍者は、約45万人、全日制高等教育在学生数の約1.4%を占め、高等教育段階において内外協力による学校運営の教育プログラムを卒業した卒業生は150万人を超えている。以前は中国に進出している外国の高等教育機関が本国でいわゆる二流・三流が多いこと、営利目的の教育プログラムの問題、教育プログラムの質や適切性の問題等、多くの批判がなされてきた。しかし2000年代中盤以降は、米国有数の州立大学であるミシガン大学と理工系最高峰の上海交通大学との連携による上海交通大学・ミシガン大学連合学院、米国の私立名門ニューヨーク大学と中国の教育系の重点大学である華東師範大学の連携で設立された上海ニューヨーク大学、米国のデューク大学と武漢大学との連携により開設された昆山デューク大学、オーストラリアの国立大学モナシュ大学と中国の東南大学の連携により開設されたモナシュ・東南大学蘇州連合研究院等、海外の一流大学と中国の重点大学との連携による教育機関・プログラムが開設されている。

 もう1つは海外進出である。2004年から始まった孔子学院プロジェクトは、中国語・中国文化の普及を促進する教育機関である「孔子学院」を中国の教育機関と現地(外国)の教育機関との連携により設置・運営するものである。プロジェクトを統括する中国の国家漢弁・孔子学院総本部の発表によると、2016年12月時点で世界140の国や地域に512校の孔子学院が設立されており、孔子学院より規模の小さい孔子クラスルーム(孔子課堂)は、1073カ所に上る。近年は孔子学院だけでなく、九校連盟に名を連ねる中国の重点大学や地方の有力大学が海外において教育プログラムを展開したり、分校を開設したりする事例も見られる。例えば、米国有数の州立大学ワシントン大学(ワシントン州シアトル市)に設置されたグローバル・イノベーション・エクスチェンジ・インスティテュートは、中国の理工系トップの清華大学、ワシントン大学及びマイクロソフト社が三者連携で開設したものである。浙江大学は、英国有数の研究大学インペリアル・カレッジ・ロンドン内に同大学との連携により連合学院を開設しており、2017年4月には北京大学が英国の名門オックスフォード大学の中心部にビジネススクールを開校する計画を表明し、大きな話題を呼んでいる。2016年に中国共産党中央委員会及び国務院が発表した教育の対外開放に関する文書においても、中国の教育機関の海外進出を国を挙げて推奨していく政策方針が明示されており、今後この動きが加速するものと予想される。

発展の影に残された課題

 以上見てきたように、中国では、グローバリゼーションの進展と知識基盤社会の到来という新たな局面において、国家の発展と国際競争力を高める手段とした高等教育戦略がとられており、その結果、高等教育の規模の拡大や研究面での成果の向上等、大きな発展を遂げたといえる。しかしその一方で、急速な高等教育の大衆化に伴う大学生の深刻な就職難の問題、依然として残る戸籍制度による都市住民と農村住民との間の歴然とした教育機会の不平等や階層の固定化に伴う格差の拡大等、解決するべき課題が残されている。習近平国家主席は、共産党設立100周年を迎える2021年までに「小康社会」(一般市民が比較的余裕のある生活を送れる社会)の全面的実現を掲げているが、高等教育においてもトップレベルの大学を世界一流大学に引き上げると同時に、高等教育全体としていかにして全面的な発展を目指すのか、今後の動向が注視される。

  • 本稿で対象とする「中国」は、中華人民共和国、所謂「中国大陸」であり、香港・マカオ特別行政自治区及び中華民国(台湾)は含まない。
  • 九校連盟には、北京大学、清華大学、浙江大学、南京大学、復旦大学、上海交通大学、西安交通大学、中国科技大学、ハルピン工業大学が含まれている。
  • 国務院(2015)国発(2015)24号『国務院関於印発統筹推進世界一流大学和一流学科建設総体方案的通知』

黒田千晴(神戸大学国際連携推進機構 国際教育総合センター 准教授)

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