眠れる獅子の目覚め 中長期事業計画をどう稼働させるか/中央大学

中央大学キャンパス


Chuo Vision 2025:4学部の新設計画

 2015年に創立130周年を迎えた中央大学は、今後の10年間を見据えた中長期事業計画を策定した。Chuo Vision2025がそれであり、図表1に見るように4本の柱からなる。このうち4つもの新学部の設置は注目される。少子化が加速するなか、学部の新設には足踏みをする大学が増えているが、中央大学は敢えて大胆に打って出ようとしているからである。まず、第1の柱である新学部設置について、その計画を概観しよう。

図表1 中長期事業計画ロードマップ

 4つの新学部とは、現在の総合政策学部を軸にした発展的改組による3つの新学部と、それとは別の1つの新学部である。改組による3つの新学部とは、政策系、国際系、ICT系の各学部を構想している。総合政策学部の入学定員からの純増となるか定員の再配分となるかは、現在調整中とのことである。

 この新学部設置で重要なことは、3学部に分離しても、教員組織は学部ごとに分離せず、学術院という大きな単位としてそのまま維持することである。教員の所属組織と学生のそれとを同一とするのが日本の大学の特徴であったが、近年、教員組織の稼働性を高めるためにこれらを分離する大学が増加傾向にある。中央大学も新学部設置にあたってその方式を導入しようとしているのである。

 もう1つの新学部はこれまでの学部構成にはない新たなもので、健康・福祉・スポーツ系学部である。スポーツ系というとアスリート養成や指導者養成を掲げる大学が多いが、中央の場合敢えてそうした道は選択しない。地域に密着し地域社会の抱える課題解決を目指す、地域貢献型の学部を予定している。それは大学が立地する多摩の地域特性に由来する。多摩ニュータウンを抱える多摩地域は高齢化が加速している街であり、日本が将来直面する諸課題の最先端を走る。そうした地域を対象に、ライフデザインの観点から健康と福祉、そのためのスポーツを考える学部の設置は、地域貢献に留まらず、近い将来日本社会全体が抱える課題解決への貢献ができると考えてのことである。

 これらが実現の暁には6学部から9学部へ、伝統的な学部構成から時代のニーズを汲み取った学部構成へと変貌を遂げることとなる。

大規模なインフラ整備とポテンシャル強化施策

 第2の柱がキャンパス整備である。現在中央大学は、多摩キャンパスに本部と文系学部があり、都心の後楽園キャンパスには理工学部がある。この後楽園キャンパスに多摩にある法学部の移転を計画している。同じく都心の市ヶ谷キャンパスにはロースクールがあり、法学系の教員は多摩と市ヶ谷を行き来せねばならず、時間的ロスが大きい。また、中央大学法学部・ロースクールは、法曹界に多くの人材を輩出している伝統を持ち、司法試験合格者のOB・OGが在学者の指導にも当たっている。このOB・OGは都心に事務所を構えているケースが多く、在学生が都心にいればより手厚い指導が可能になる。これらが、法学部の後楽園キャンパスの移転理由である。2022年の完成を目標に調整を進めており、都心において法学教育を一体的に展開し、法曹界や国家公務員として活躍する人材の育成を目指す。

 その後の多摩キャンパスは、よりグローバルなキャンパスとして位置づけたいという。国際寮やグローバル・ラウンジの設置や遠隔授業設備を充実させ、自然にあふれた広大な敷地を活かしたキャンパス整備を進める予定である。もちろん、ここには先述の新学部のための新たな施設・設備を設置することも含まれている。

 多摩キャンパスのグローバル化は、大学全体のグローバル戦略があってのことである。これが第3の柱である。国際共同学位の構築、全ての科目を英語で教えるプログラムの設置をはじめとし、そのための国外からの留学生、国外への留学生、外国人教員、国外大学で学位取得した教員等にはいずれも目標値を掲げ、それを目指してグローバル化を進めようとしている。

 そして、第4の柱はスポーツ振興事業である。2020年の東京オリンピック・パラリンピックに中央大学出身者・在学生を20名以上送り出すことが目標である。そのためにスポーツ振興・強化推進室を設置し、事業を推進しようとしている。スポーツは大学のブランディングにつながることを意識しての戦略である。

なぜ今動き始めたのか

酒井正三郎 総長・学長

 外から見ると、1993年の総合政策学部設置以来動きのなかった中央大学が、なぜ今ここまで大きく動き始めたのか不思議に思う。それについて酒井正三郎総長・学長は、「1993年の総合政策学部設置の頃に中央と同程度の学部数を持っていた私学は軒並み、この20年余に学部新設・改組でもって学部数を増やしてきました。本学もこれまで何の動きもなかったわけではありません。新学部設置の構想も3~4回あったかと思いますが、いずれも実現には至りませんでした。今ようやく現状を脱却し、『實地應用ノ素ヲ養フ』という建学の精神に立ち返り、中央大学としての価値ある独自性を出そうという方向に動き始めたのです。ChuoVision 2025は、その象徴なのです」と話される。

 では、なぜこれまで動くことができなかったのか。「それは偏に学内の意思決定システム、言わばガバナンスの問題であったと言うことができます。例えばある案件に対し、学部教授会が1つでも反対すれば、その案件は日の目を見ることができませんでした。また、本学は法人組織の長である理事長と教学組織の長である学長が別の体制になっているため、両者の合意をとることも容易ではありませんでした。そうしたなか、この度の学校教育法改正は、大学を動かしていくための追い風となりました。法人と教学とが一体となってこうしたビジョンを作ることができたのは、実は今回が初めてなのです」とのことである。

 確かに、学校教育法改正による学長のリーダーシップの強化は1つの契機だろう。だがそれ以上に、人口減少や少子高齢化、グローバル化等の外部環境変化に加え、競合大学が様々な改革を進めるなかで、もう泰然自若とはしていられない、中央大学を変えねばという危機感に後押しされ、それが学内で共有されるようになったのではと思う。こうした機運を生み出す学内装置として機能したのが、2007年に全学的自己点検・評価システムを構築したことではないだろうか。

内部質保証のための組織体制

図表2 大学評価に係る委員会構成図

 自己点検・評価は大学の恒例行事となった感があるが、それにどこまで力を入れるかは大学によって大きく異なる。中央大学では2007年にその仕組みを全面的に構築し、図表2のように5つの委員会として組織化した。興味深いのは、単に認証評価のための委員会ではなく、大学の内部質保証を担保するための委員会として実質的に機能させようとしている点である。

 この中心にあるのは「大学評価委員会」である。学長が委員長となり、法人と教学の役職者20名で構成される委員会であり、大学評価の実施・運営に関する基本的な事項を決定し、自己点検・評価報告書を確定する。これは全学的な運営方針を決定する組織であり、その実動部隊が下部の「大学評価推進委員会」である。

 「組織別評価委員会」は、学部、研究科等の学内の組織に対応して51に分化した委員会であり、それぞれの組織の課題について点検・評価を実施する。それに対し、分野系評価委員会は、教育と研究、あるいはアドミッションや施設・設備等、大学を運営するに当たってのミッションや役割に応じて12の分野に分け、全学横断的な観点から点検・評価を実施する。この2つの委員会がタッグを組み、Chuo Vision2025の実現に向けた取り組みの質を高めている。

 やや遅れて2013年に設置された「外部評価委員会」は、1期2年、大学関係者を中心に10人に外部評価委員を依頼している。自己点検・評価の妥当性・客観性を高めるために、全国から著名人に委員を引き受けてもらい、大学評価委員会に対して助言を行う機能も備えているという。

 自己点検・評価を担う委員会をこれだけの規模で、これだけの役割を負わせている大学は多くはなく、いかにして大学を内部から動かそうとしてきたかが分かる。さらにいえば、機関別認証評価を申請する前年度に実施する重点自己点検・評価だけでなく、年次自己点検・評価を毎年度行っていることに驚く。この年次自己点検・評価を行うことで、大学の現状や課題を自ら確認し、その解決策を検討し、さらに翌年度、その解決策の実施の程度を点検・評価するのである。

メッシュ構造とボトムアップ・トップダウン

 こうした組織体制を構築しても、それをどのように稼働させてPDCAサイクルを回すか。それが最も肝心である。そのために2つの仕掛けがあるように見える。1つは、組織別評価委員会と分野系評価委員会とのメッシュ構造である。

 例えば組織別評価委員会において、ある学部から教育上の課題が抽出された時、それは分野系評価委員会における教育分野においても議論の対象となり、ある学部の課題がどの程度全学的な課題かどうかを検討することができるのである。縦割りの組織構造に対して横串を刺すというメッシュ構造がここにある。組織別評価委員会では見えていなかったものが、分野系評価委員会に送られることでより問題の所在が明確になるのであり、また、その逆もあり得る。

 また、大学評価委員会と組織別・分野系評価委員会との関係は、トップダウンというよりはボトムアップ的に機能する場合が多いとのことだ。問題の基底や初発は組織別あるいは分野系評価委員会の点検・評価で見いだされた課題にあり、それが大学評価委員会に上がったとき、全学的な課題として議論され、今後の方針が決定され、それが組織別、分野系評価委員会にフィードバックされるというループが回っているという。

 これらのプロセスを取りまとめた毎年度の自己点検・評価報告書は1300ページにも及び、内容は充実している。組織別評価委員会の自己点検・評価レポート作成は6月末までに、分野系評価委員会による自己点検・評価レポート作成は7~9月、同時期に並行して大学評価推進委員会による点検・評価内容の検証、フィードバックや修正依頼が入って、最終的な自己点検・評価報告書は12月に完成、1月からは外部評価委員会による評価活動に付され、その結果は4月に公表、そして4月には新年度の目標・行動計画・指標の策定。この極めてタイトなスケジュールが繰り返されるのである。これらを担う担当者の苦労たるや如何ばかりかと思うところだが、何とこれだけの規模のPDCAを専任で担う職員はたった4人だというから驚く。

 酒井総長・学長は、「これまでは、個々の組織がそれぞれに自己点検・評価していただけだったものを、分野系で議題とすることで、自らの組織にとってもほかの組織にとっても気づきが生まれるのです。それをさらに全学的な視点で調整し、2つの委員会にフィードバックすることで、PDCAサイクルは回っています。それぞれの組織は年度当初にアクションプランを示すことが求められており、それをもとに予算が配分されます。これもサイクルを回すための装置です」と話される。

 自己点検・評価を目的とした委員会構成であるものの、実のところそれを越え、大学の教職員のかなりを巻き込んでの大学の意思決定や運営に大きく関わる組織体制となっており、また、そのように機能させることを目指しているようだ。

世界に存在感のある大学へ

 折しも、2018年からの第3期の認証評価では内部質保証が重点項目とされる。それを先取りしたような中央大学の自己点検・評価システムであるが、課題が無くなったわけではない。

 ディプロマ、カリキュラム、アドミッションの3つのポリシーを規定したものの、それに対する学生の認知度は高くはない。学生の学修成果が問われるなか、まずは3ポリシーを学生に認知させることが必要である。それをいかに高めるかは、さほど容易なことではない。学生の学修成果に関しても、何をもって学修成果とするのか、それをどのように測定するのか等は、十分に議論を尽くさねばならない。

 また、Chuo Vision 2025として法人と教学が一体となって中長期事業計画を作ることができたものの、法人からすれば財政的な観点から野放図な拡大には待ったをかけるし、教学に関しても学部教授会の意向を無視して進めることはできない。ビジョンの遂行も、法人と教学とを調整しつつ進めなければならない。

 しかし、酒井総長・学長は「問題が問題としてクリアになったということが、とても大きな意味を持つのです。問題にぶつかっていると分かれば、その解決の方策を考えて動くからです。この20年間は、それに気づこうとしないままに来てしまったのです。もうこうしたことがないように、内部から大学の状況に応じた変革を起こす仕組みや動きが必要でしたが、ようやく中長期の事業計画ができ、それを実施するための内部質保証システムが機能することで、大学全体が動き始めました。今までとは違う段階に来ています。中央大学も変わっていきます」と、手応えを感じておられるようだ。「世界に存在感のある大学へ」という中長期事業計画の目標は、2025年にどのような形となって結実するのだろうか。

(吉田 文 早稲田大学教授)



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