「本学ならではの価値」の明確化が生き残りのカギに(カレッジマネジメント Vol.211 Jul.-Aug.2018)

 2012年発行のカレッジマネジメント175号で、『2020年、そのとき大学は』を特集し、大きな反響を頂いた。 この特集では、再び18歳人口が減少する、いわゆる“2018年問題”前後の状況を様々な観点から予測したが、現状を見ると概ね大きな方向性はずれていないと思える。今回の特集は、2030年の社会環境の変化と、高等教育状況について予測した。文部科学省は、中央教育審議会将来構想部会(以下、将来構想部会)において、2040年の大学のあり方について議論を進めているが、18歳人口の減少ペースを考慮すると、日本における高等教育機関の危機はもっと早くやってくると考えられる。

 ついに2018年が到来した。今後未来をどう描いていくのか、非常に難しい時代に突入した。だからこそ、大学全体のグランドデザインやビジョン、中期計画が必要となる。しかし、中期計画を策定するためには、根拠となるエビデンスが必要となる。そのため、2012年に作成した未来年表を、2030年までのものにアップデートした(下図)。今回の特集から見えてきた2030年に向けた高等教育機関の展望をまとめてみたい。

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【2030年、社会の展望】

生産労働人口減少、本格的なダイバーシティ、AI・ロボット化の進展

 2030年までを俯瞰すると、社会が大きく変化する。まず産業構造が大きく変化する。日本の生産労働人口は現在より12%減の5800万人まで約800万人減少する。四国約2つ分の人口に相当する労働力がなくなることになる。 不足分を補うためには、女性や高齢者の活用だけでなく、外国人労働者等、多様な労働力の活用が必須になる。様々な人々と一緒に働くための、本当の意味でのダイバーシティへの対応、異文化コミュニケーションへの対応が必要となる。一方、2030年には、欧州や中国も人口減少局面に入っているため、優秀な外国人労働者の獲得競争が本格化すると思われる。これは、逆の視点からみると、日本人が優秀な外国人労働者として、海外で活躍できる道が広がるという意味でもある。ますますグローバル化への対応は不可避なものとなってくる。さらに、不足分を補うためにはAI及びロボティクスの活用等で、生産性を高めることが重要になる。既に、大手銀行では窓口業務等が自動化されており、2030年に向けて、ホワイトカラーの仕事の自動化が本格的に進められると予測される。そうすると、仕事がロボットに奪われてしまうと考えてしまいがちだが、そうではない。仕事の種類や内容が変化し、新しい仕事が生まれてくるからである。その時の人材ニーズは、AIやロボットを活用する側の上流工程(企画職、研究開発職等)、IT関連職や、代替が不可能な高付加価値な営業・サービス職等になると予想されている。そうした未来において、大卒人材について求められるのは、AIやロボットではカバーできない、創造的な思考能力、高度なコミュニケーションを必要とするソーシャル・インテリジェンス、マニュアル化できない非定型への対応といったスキルである。知識・理論を用いて思考し、高い付加価値を発揮できる力が必要となってくるのである。

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【2030年、高等教育機関の展望】

Ⅰ.人口減少への対応

適正規模・地域配置と質向上の両立が課題に

 18歳人口は、2017年120万人から2030年には104万人にまで減少する。これから13年間で16万人減少することになり、大学進学率を現状のまま約5割として計算すると、8万人がマーケットからいなくなり、定員規模1000人の中堅大学が80校なくなる計算になる。その時の大学の定員充足率をリクルート進学総研で試算すると、全国平均で93.3%となる。将来構想部会では、2033年には18歳人口が100万人を切り、定員充足率が全国平均で約85%になると予測しているが、2030年時点で既に大きく定員割れの状況となる。さらに、これは全国平均であり、都道府県別全体として定員を確保できるのは、P16〜17の人口減少マップ通り、東京都と沖縄県のみという計算になる。全体として、“地方”“小規模大学”が厳しい状況にあるとされているが、将来の人口減少マップを見ると、今後その傾向はさらに強まるものと考えられる。

 このような状況に対し、政府も手をこまねいているわけではない。日本国内における高等教育全体の規模や地域配置と、国際競争に耐えうる教育・研究の質の向上をどのように両立させていくかというテーマが大きな課題として浮上している。

 国内における高等教育全体の規模や地域配置については、既に大規模大学の定員超過率の抑制が、小規模大学の定員充足に対して一定の成果をあげている。今後は、地方創生の観点から、10年にわたって東京23区内の大学に対する定員規制も行われる予定である。

 さらに、2040年に向けた議論が進められており、特に話題を呼んでいるのが大学間連携・法人統合である。一つの国立大学法人が複数の国立大学を経営できるようにする制度改正が検討されており、既に名古屋大学と岐阜大学の間で法人統合の議論が進められている。こうした国立大学の法人統合は、これから増えてくると予測されるが、統合により法人としての生産性向上、競争力の強化を実現できるかが大きなポイントとなろう。さらに国公私立大学の一体的な連携に基づく統合も視野に入れた一般社団法人「大学等連携推進法人(仮称)」の設立が提示されている。それぞれ各地域において、学問領域の多様性を担保しつつ、経営の効率化を図っていくことを想定しているのではないだろうか。

 日本の高等教育を長期的な視点で考えると、機能や役割の分担を明確にした大学の統合や連携システムが各地域で構築され、大学間で相互に補完しつつ“地域の高等教育を担うシステム全体として”、効率化、競争力の強化、多様性を確保しながら、質の保証を実現していくという方向に進んでいくのではないか。

Ⅱ.教育改革への対応

高大接続改革が本格化、問われる大学の姿勢

 もう一つの視点が、高等教育機関としての大学の機能強化である。現在進行している高大接続改革では、2020年の入試改革が注目されがちだ。しかし、本質的には高校、大学、入学者選抜を一体的に改革していく教育改革である。この教育改革のポイントは、次期学習指導要領の中にある。そこには「2030年の社会と子供たちの未来」という言葉が入っている。私はこの言葉を非常に重視している。大きく社会が変化する予測が困難な時代に、どのようにして子供たちが自らの生涯を生き抜く力を培っていくのか、という視点から“学力の三要素”について、各学校段階を通じて育成しようとしているのである。

 2020年から学力の三要素を育むため、大学入学共通テストが導入され、個別選抜の改革もスタートする。しかし、本格導入は新しい学習指導要領で学んだ高校生が受験する2024年になる。その時には、高校で「主体的で、対話的で、深い学び」によって学習してきた学生が、大学に入学してくる。そうした学生を、大学はどのように高校から引き継いで、さらに育成して社会に送り出すのか。がっかりさせない教育ができるかが大きなポイントとなる。そのための3つのポリシーの再構築であり、 内部質保証システムの構築であり、IR(institutional research)による検証が必要になってくるのである。2024年に入学してくる新学習指導要領で育った学生が 社会に出るのが、2029年。まさに、今回展望した未来は、彼らにとっては当たり前の社会なのである。

Ⅲ.経営戦略の展望

大学のポジションを見据えた経営戦略が重要

図2は、私が作成した私立大学のセグメント別競争戦略である。以前から作成しているものを、2030年バージョンにアップデートしたものである。横軸に一学年の 定員規模、縦軸に延べの志願倍率をとった。事業団の調査によると、2017年度の私立大学の平均倍率は8.13倍であるため、8倍以上を「高倍率」、3倍を切ると定員割れの可能性が高いことから、「低倍率」としている。セグメントとしては、大きく4つに区分される。

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・マーケット・リーダーの戦略
 まず、右上の大規模・高倍率は、ほぼ都市部に集中する 「大手総合人気大学」である。マーケティング上でいうと、「マーケット・リーダー」というポジションになる。ここは、国内におけるいわゆるブランド校であり、経営破綻の恐れはないが、グローバル化が進む中で、海外の有力大学との競争に対応することが重要課題になる。その意味では、ダイバーシティ化にいかに対応していかが課題となる。近隣の学生だけでなく、地方の学生、社会人学生、留学生の獲得等によって、どの様に多様性を担保するかが一つのテーマとなる。また、日本の高等教育市場は縮小傾向だが、アジアやアフリカ等振興国においては成長マーケットとして位置付けられている。特に台頭著しいアジアの大学との学生獲得競争は、さらに激化することが予想される。留学生を呼び込むだけでなく、海外キャンパスへの挑戦、いわゆるオフショア戦略も検討していくことが必要になっていくだろう。

・チャレンジャーの戦略
 中央に位置するのは、「中規模・中倍率大学群」。マーケティング上でいうと「チャレンジャー」のポジションとなる。このセグメントは、現在は中堅大学として安定しているが、将来の人口減少を見据えると、志願倍率に下方圧力がかかるため、生き残りをかけた改革が重要課題となる。このセグメントは、地元の公立大学との競合度合が高い。今地方において、私立大学の公立化が進んでいる。こうした動きに対して、私立大学としてどのよ うに差別化するのかも大きな課題だ。さらに、付属校を持つ場合は、大学のブランド力が低下すると付属校の募集悪化、付属校からの内部進学者の減少、という問題に直面することになる。山積する課題に対応するため、まず建学の精神や教育理念に基づき、どのような人材を育成しているのかという観点から、将来に向けた戦略の軸となる中長期ビジョン、中期計画に基づく工程表を策定する必要がある。志願者の量と質、学部・学科の再編、入学前・入学後の学生の意欲向上等、様々な課題への対応が求められる。しかし、中位に位置するこのセグメントは、マーケティング上では「スタック・イン・ザ・ミドル」とも呼ばれる。拡大戦略も差別化戦略もとれず、意思決定が遅れ、どっちつかずの戦略に陥る可能性があるということだ。そうした事態に陥らないためにも、改革の推進に向けた意思決定のスピードを上げるためのガバナンス改革、教職協働やSD・FDの推進、組織の一体感の醸成という組織課題への対応が重要課題となる。

・カテゴリーキラーの戦略
 左上の小規模・高倍率のセグメントで、マーケティング上でいうと、「カテゴリーキラー」あるいは「ニッチャー」と呼ばれるポジションである。小誌208号で「小さくても強い大学」として特集した、小規模でも強い個性に よって志願者を集めている人気大学は、このセグメントである。このポジションで重要なのは、まずどのカテゴリー(領域)のキラーを目指すのかを決めることである。国際性、資格取得、地域密着、研究力、業界連携、就職等、その領域で徹底的に特色や強みを磨いていくことが重要となる。突きつめていけば、強みを活かして全国募集型の大学にもなりうる。しかし、このセグメントでは、2019年に新設される「専門職大学」が競合となる可能性がある。いずれにしても、ポイントは、「形容詞の付いた付加価値の高い人材」の育成である。例えば、同じ看護師でも、大学院に進学し管理職まで目指す看護師、英語ができて外国人に対応できる看護師、あるいは、ホスピタリティにあふれる看護師、すべて個性は異なる。その際には、大学の特色や個性をどこまで徹底できるかが差別化のポイントとなる。

・フォロワーの戦略
 最後は、規模にかかわらず、延べ志願倍率が3倍を切っているセグメントである。マーケティング上では「フォロワー」と呼ばれており、今後の人口減少を考えると、「淘汰予備軍」とも言えるポジションである。学生募集面では、専門学校と競合するケースが多くなってくる。このセグメントでは、まず本学では、正課・正課外を通じてどのような学びや経験ができるのか、そして卒業するとどうなれるのか、といった学生目線の改革が必要である。設立の経緯や地域の状況によっては、公立化を視野に入れることも選択肢のひとつとなろう。いずれにしても、学外の声をしっかり受け止めて、荒療治を含め た改革の徹底が必要になる。その際、意思決定のスピードが重要になるため、トップの強いリーダーシップが求められる。

社会人教育の推進とICTの活用

 また、セグメントを問わず、社会人の学び直し(学び重ね)支援は重要な位置づけとなる。「人生100年時代」を迎え、これまでのように人生が「学ぶ時期、働く時期、老後」という3つのステージに分かれるのではなく、「学ぶと働くが互いに行き来する」人生に変わっていくと言われている。しかし現在、社会人の学びの多くは大学以外で行われている。今後は、いかに社会人が大学・大学院で学びやすい環境を整備していくかを考えなければならない。これは大学の生き残りのためということだけではなく、知識基盤社会を支える高等教育機関としての大きな役割となるだろう。

 さらに、2030年に向けては、ICTを活用しての教育は大きな可能性を秘めている。様々な分野でICT・AI活用が進められ、金融ではFin Tech、人材ではHR Teck、そして教育ではEd-Techという形に進化している。リアルとオンラインを融合したブレンディッド教育・学習も拡がっていくだろう。今回、事例では固定のキャンパスを持たずにオンラインで教育を行い、世界中をキャンパスとするミネルバ大学を取り上げたが、これからこのような新しい形の大学が、時間と場所、さらには国境を越えた形で出現することが想定される。

Ⅳ.問われる「本学ならではの価値」

改革を推進する組織づくりと社会への発信力の強化

 これまで見てきた通り、2017年と比較すると、18歳人口が2030年には16万人、6人に1人が消える状況になる。どう考えても、全ての大学が現状通り生き残ることは叶わないだろう。留学生の獲得、社会人の学び直しという新たなマーケット開拓を進める一方、高等教育全体のシステムとしての規模の縮小と、地域配置、そして知識基盤社会を支える教育・研究の高度化を同時に進めなければならない。その上で、個々の大学は生き残りのための改革を進めていくことになる。

 その際、重要なのは、各大学の「本学ならではの価値」 は何かということである。図3は「本学ならではの価値」をベースに置いた、経営戦略の概念図である。私立大学には、建学の精神や教育理念があり、創設者が私財を投じ、将来に必要な人材を育成するために、強い思いで設立されている。それは必ずしも偏差値だけでは表されない、多様なものである。言い換えれば各大学の「存在価値(レゾンデートル)」とも言えるだろう。社会が大きく変化する今だからこそ、改めて存在価値を見直す必要がある。「本学ならではの価値」を構築するために、将来に向けてどのような特色や個性で勝負していくのか、ベンチマーク校はどこか、未来を担うどんな人材を育成するのかを、根本から見つめ直す好機ではないだろうか。国が言うからではなく、主語を“本学として”どうしていくかの意思決定が重要になる。そのために、よりどころとなる中長期ビジョンやグランドデザイン、中期計画の必要性が言われているのである。そして、それをPDCAサイクルに乗せて、検証しながら存在価値を磨いていく。計画は作れば終わりではなく、検証し、見直していってこそ初めて価値が生まれる。

 さらに、「本学ならではの価値」を社会にどのように伝えていくのか、これも重要なポイントである。これまで大学は、「ちゃんとやっていれば社会に伝わっているはず」と考えていたように思う。しかし近年、大学に対して情報公開の要望が高まっている。これからは社会に対して、わかりやすい言葉を使って、積極的に情報を発信していくことが必要になる。仮に、現在検討されているような大学間連携や法人統合が進められたとしても、その大学ならではの、強い個性や特色があり、社会に浸透しているのであれば、その領域で引く手あまたになるであろう。

 当たり前だが、大学を構成するのは「人」である。だからこそ、組織的な課題にどう対応していくかが重要なポイントとなる。改革を推進する経営層はもちろん、意思決定のスピードや改革を進めていくためには、それを実践していく教員と職員の協働、未来への意思の共有が重要になる。トップダウンにすれば改革のスピードが早くなるという訳ではない。厳しいマーケット環境の中、変化に対応し、改革推進することができる組織体をどのように作っていくか、これは最重要課題である。本学としてのビジョンを実現するための、ガバナンス体制の構築、教職協働を進めるための育成(研修)の仕組み、マネジメント力の強化、教員採用方法の見直し等様々な改革が必要になるだろう。

 2030年に向けて、大きな社会変化が想定されている。その中で、“課題先進国”日本といわれるほど、様々な課題が世界に先駆けて日本で生じてくる。だからこそ、知の拠点としての大学に対する期待は、かつてないほど高まっていると感じている。その期待の一方で、社会からの要望も高まっており、改革の進まない大学に対する厳しい目が向けられているのも事実である。特集の5ページに記したが、ロンドンビジネススクールのリンダ・グラットン教授は、著書『ワークシフト』の中で、2つの未来があるとしている。1つは、目の前の問題に行き当たりばったりで対処し、対応が後手に回る「漫然と迎える未来」、もう1つが将来を予測し、知恵を働かせて主体的に未来を選択する「主体的に築く未来」である。環境が大きく変化する中で、未来の学校法人のありたい姿をイメージし、そこに到達するための道筋を描く(デザインする)工程表が求められているのではないだろうか。

 

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リクルート進学総研所長・カレッジマネジメント編集長

小林 浩

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